浜辺の町の灯をみつめて、ロマンチックな気分になろうとしているのに、蚊が耳元へ、ぶうんと啼いてくる

（冬のハエは）読んでいる本へ纒（まつ）わりついて、私のはぐる頁のためにいつも身体を挾み込まれた。それほど彼らは逃げ足が遅い。逃げ足が遅いだけならまだしも、わずかな紙の重みの下で、あたかも梁（はり）に押えられたように、仰向（あおむ）けになったりして藻掻（もが）かなければならないのだった。

冬の蠅（はえ）とは何か？ 　よぼよぼと歩いている蠅。指を近づけても逃げない蠅。そして飛べないのかと思っているとやはり飛ぶ蠅。彼らはいったいどこで夏頃の不逞（ふてい）さや憎々しいほどのすばしこさを失って来るのだろう。色は不鮮明に黝（くろず）んで、翅体（したい）は萎縮（いしゅく）している。汚い臓物で張り切っていた腹は紙撚（こより）のように痩（や）せ細っている。そんな彼らがわれわれの気もつかないような夜具の上などを、いじけ衰えた姿で匍（は）っているのである。

両脚を挙げて腋の下を掻（か）くような模（ま）ねをしたり手を摩（す）りあわせたり

この辺は藪（やぶ）がありますので、春の末からもう蚊が出ます

（ハエが飛んでいるような羽音は、）ぷーんともずーむとも書き表せるような音だった。空の上から聞こえてくるようでもあったし、床下から響いてくるようでもあった。なにかが震えて動いている、そんな感じの音だった。

時折、何に驚いたのか、雑木林の中で一匹の油蟬がチ、チと飛びたつ。

トンボがとまっている。羽根が白く透けてふるえている。

黒い悪魔

海老のような背をした、きたない蟋蟀（こおろぎ）