水のにおいは、夏が近づくにつれ濃くなっていく。 　いや、田んぼのにおいかもしれない。甘酸っぱくて、しっとりした重みのある、いつまでも嗅いでいたくなるようなにおいだ。街では、こういうにおいに気づいたことがない。栄養分たっぷりの土と若い緑に、澄んだ水が触れてはじめて生まれるにおいだ。

狭い商店街の通りには天幕がずっと張り渡されて、昏（くら）い涼しい影をつくっていた。

村は夏めいて来た。この山国に新緑を見るともう五月の中旬（なかば）であった。

初夏の緑が目にまぶしい

熱気で揺らめく通り

真っ黒な空には星が見当たらず、残暑の余韻の籠もった蒸し暑い夜気の中に、虫の音が響いている。

今は一番日の長い季節だ。五時半でもまだ夕方という感じがしない。

午前中、うるさいほどに鳴いていた蟬は静まり、中庭を満たすのはただ、降り注ぐ夏の日差しだけだった。

アブラゼミがやかましく鳴く、蒸し暑い夏の午後

帰り道はずいぶんに暗くなっていて、昼間の熱気の残りが夏特有の生暖かさに変化して、空気のそこらじゅうをぼこぼこと埋めておった。