お腹がすくと一緒に、頭がモウロウとして来て、私は私の思想にもカビを生やしてしまうのだ。

現実にまだ体がなじまなくて、世の中が新鮮に見えた。

頭脳が氷点下の泥沼のように凍結して、一時活動を停止する

頭の中が真空のように冷たく凍りつく

頭の中ががらんどう

（悟りを開く）煩悩を解脱してシミひとつない白紙の脳裏

成瀬と久遠が銀行内を飛び回るのが横目に見える。跳ねるインパラのように駆けはじめている。

川のこちら岸には高い欅（けやき）の樹が葉を茂らせている。喬（たかし）は風に戦（そよ）いでいるその高い梢（こずえ）に心は惹（ひ）かれた。ややしばらく凝視（みい）っているうちに、彼の心の裡のなにかがその梢に棲（とま）り、高い気流のなかで小さい葉と共に揺れ青い枝と共に撓（たわ）んでいるのが感じられた。 「ああこの気持」と喬は思った。「視（み）ること、それはもうなにかなのだ。自分の魂の一部分あるいは全部がそれに乗り移ることなのだ」《…略…》病鬱や生活の苦渋が鎮められ、ある距（へだた）りをおいて眺められるものとなる心の不思議が、ここの高い欅の梢にも感じられるのだった。

すみれは話の前後がうまく理解できなかった。彼女はナイフとフォークを宙に止めたまましばらく考えた。

国民がみな一様に礼儀正しいのも武士道の 賜物 である。