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神に挑戦するような意気込みではじめた(激しい)恋愛
中村 真一郎 / 夜半楽 作品を確認(amazon)
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(カメラ越しに少女に見つめられて)牛河はその少女から目をそらせることができなくなっていた。世界全体がそこでいったん動きを止められたみたいだ。風もなく、音は空気を震わせることをやめていた。(《…略…》少女は去ったが)牛河はなぜか床から腰を上げられなかった。身体が痺れたようになっている。ファインダー越しに送り込まれた彼女の鋭い視線が、行動を起こすのに必要とされる力を、牛河の身体からそっくり奪っていったようだ。(《…略…》少女が見えなくなると、)床を這うようにカメラの前を離れ、壁にもたれた。そして身体に正常な力が戻るのを待った。セブンスターを口にくわえ、ライターで火をつけた。煙を深々と吸い込んだ。しかし煙草には味がなかった。力はなかなか回復しなかった。いつまでも手脚に痺れが残っていた。そして気がつくと、彼の中には奇妙なスペースが生じていた。それは純粋な空洞だった。その空間が意味するのはただ欠落であり、おそらくは無だった。牛河は自分自身の内部に生まれたその見覚えのない空洞に腰を下ろしたまま、そこから立ち上がることができなかった。胸に鈍い痛みが感じられたが、正確に表現すればそれは痛みではない。欠落と非欠落との接点に生じる圧力差のようなものだ。彼はその空洞の底に長いあいだ座り込んでいた。壁にもたれ、味のない煙草を吸っていた。そのスペースはさっき出て行った少女があとに残していったものだった。《…略…》少女に、全身を文字通り揺さぶられていることに気づいた。彼女のみじろぎひとつしない深く鋭い視線によって、身体のみならず牛河という存在そのものが根本から揺さぶられているのだ。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 3 amazon
(恋をしていた時の気持ちを思い出す)はっと気づくと、突如頭がクリアーになっていた。ずーっと目の前を 覆っていた霧が晴れたような感じだった。なにが起こったのかわからなかったけれど、ああ、昔は世の中がこんなふうに見えていたのか、と私は思った。  昔?  そう、彼に出会ったころ、私は人生のすべての味をかみしめるような気持ちでいつもいた。  デートの約束をした晴れた朝の切なさ。  2人でいられる短い時間の風の匂い、歩く速度すら速すぎて、流れていくようだった街並の角度。  ガラス、アスファルト、ポスト、ガードレール、自分の 爪。店のショーケース。  ビルの窓に光る 陽 の光。すべてを細胞に刻み込む勢い、何もかもに勝てる確信。  勝つために、忘れてしまわないために時の一粒一粒を 慈しみ、情報として体に取り込もうとする働き。  恋によってあふれたエネルギー、見開かれた 眼。  あのときそのままに美しかった。美しい。何もかもがよく見えて、はっきりしている。一つ一つのものが、香り立つようにその存在の輪郭を 際立たせる。  おなかのほうからわくわくした気持ちが 湧いてくるのが感じられた。目を閉じると目の前にマーブルのように 渦巻くエネルギーの流れが見えた。
吉本 ばなな / キムチの夢「とかげ (新潮文庫)」に収録 amazon関連カテ爽快・すっきり・清々しい気分病気が治る・元気になる・快復恋愛・恋する・恋心
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