汁に軽くつけてざる蕎麦をすすると、鰹節のほんのりとした香りが口いっぱいに広がる

「この長い奴へツユを三分一（さんぶいち）つけて、一口に飲んでしまうんだね。噛（か）んじゃいけない。噛んじゃ蕎麦の味がなくなる。つるつると咽喉（のど）を滑（すべ）り込むところがねうちだよ」と思い切って箸（はし）を高く上げると蕎麦はようやくの事で地を離れた。左手（ゆんで）に受ける茶碗の中へ、箸を少しずつ落して、尻尾の先からだんだんに浸（ひた）すと、アーキミジスの理論によって、蕎麦の浸（つか）った分量だけツユの嵩（かさ）が増してくる。ところが茶碗の中には元からツユが八分目這入（はい）っているから、迷亭の箸にかかった蕎麦の四半分（しはんぶん）も浸（つか）らない先に茶碗はツユで一杯になってしまった。迷亭の箸は茶碗を去（さ）る五寸の上に至ってぴたりと留まったきりしばらく動かない。動かないのも無理はない。少しでも卸（おろ）せばツユが溢（こぼ）れるばかりである。迷亭もここに至って少し蹰躇（ちゅうちょ）の体（てい）であったが、たちまち脱兎（だっと）の勢を以て、口を箸の方へ持って行ったなと思う間（ま）もなく、つるつるちゅうと音がして咽喉笛（のどぶえ）が一二度上下（じょうげ）へ無理に動いたら箸の先の蕎麦は消えてなくなっておった。

どろりとしたそばづゆに、唐辛子を浮かしてすする。

外は凍りつくような寒夜である。 （こういうときには、ぜひとも蕎麦を食べなくては……） 　と、おもい、近くの浜町の〔藪〕へおもむき、鴨南ばんで熱い酒をのんだ。酒と蕎麦の味が、このような寒夜には、腸へしみとおるようにうまいものだ。

ざるそばの海苔（のり）の香が素敵。

魚の風味が突出してもいないし、他の旨味成分と見事に融合して、混沌として複雑で豊かな味を作り出している

別で用意されたネギ、みょうが、生姜、ノリなどの薬味を各自好みの配分でタレの中にどさどさ投入し、そいつにそうめんと天ぷらを同時にひたして即座にすすりこむときの旨さときたら！

関西は、澄んだ薄い色のつゆが主流で、関東は醤油色の濃いつゆが主流。関西はダシの味が良く利いていて、醤油は軽く香るくらいのつゆに仕上がっている。それに対して関東は、醤油味がはっきりしていて、ダシの香りもするけれど醤油の香りが全面にくるつゆに仕上がっている。

良質の粉に熱湯を入れて挽くといかにもそば粉らしい特有の香りが立つ。キチキチと快い音もする。

ラーメンとは何か？和食の最高傑作である。