絶望ということは、必ずしも死を選ませはしない。絶望の極死を選むということは、まだ、どこかに、それを敢行する意力が残っているときの事である。真の絶望というものは、ただ、人を痴呆（ちほう）状態に置く。脱力した状態のままで、ただ何となく口に希望らしいものを譫言（うわごと）のようにいわせるだけだ。

屋上から飛び下りて蛙のようにペシャンコになって死んだ。

心を病んで、自殺のように死んだ。

気の強い人ならきっと自殺をしたのだけれど、温和しい人だけにそれも出来なかったのだ。

自殺することによって軍隊生活の醜悪な圧迫と苦痛から自分を救おうとする考え

富士額の静かな冷たい額、柔らかな頬、怜悧な小さい顎。これらが実に晴れやかな死顔を思わせる。

布団のように切り裂いた死体を縫った。

蝋（ろう）より白い死の顔

（脳死）脳波は平坦なまま。

上衣を脱いで白いメリヤス編みのシャツ一枚になった上半身は肩が内側にすぼまり、円くだらりとしていた。両手は長く太もものところまでのび、掌を後に見せていた。そして白いズボンの裾から妙に白っぽい足の裏が、ひらひら動いているかのようにつき出ていた。が、その足のすぐ下には、頁数の厚い本がつみ重ねられ、数冊の本がくずれて頁を展げちらばっていた。荒井大学生は厚い法律書をえらんでつみ重ね、この上にのって紐をむすび、この長い足の裏でその書物のふみ台をけりくずしたのにちがいなかった。