Ｋ君と彼女がいなくなったら、自分はきっと泣くだろう、とわたしは思った。一緒にいる楽しさよりも、いないつらさでその人の大切さが胸にしみる時、わたしはその人を特別に愛することができる。

泣き別れる

野呂と別れた後、ずっと、わたしの中には、切れ目のない特別な時間が流れていた。 　それは、野呂を失った悲しみや怒り、信じられないほどの孤独感の中で、流れていくだけの時間だった。現実に流れていく時間とそれとは、まるで内容が異なっていた。 　例えば、朝九時に起きて、三時間が過ぎていき、十二時になる。ああ、三時間たったのだな、と思う。その時、わたしが感じる「三時間」という時間は、現実に刻まれた時間とは決して一致しないのだ。 　わたしにとってその三時間は、沈みこんだままの気分や、底なし沼にはまり、もがくことすら忘れてしまったかのような虚ろな気分……そういった気分に彩られたまま過ぎていったにすぎない三時間だった。そしてそれは、一時間だろうが六時間だろうが、あるいは二十四時間、三十六時間だろうが、同じなのだった。 　過去ばかりがあって、未来も現在も空洞になってしまったような、そんな違和感に包まれた時間ばかりが、わたしの中を流れていた。

（亡くなった）ダンナ様の好物だったから、悲しくて辛くて食べられない、嬉しそうに食べていた姿が目にちらついて食べられない。

延子をなくしてから父上はすっかり老い込んでおしまいになった。

自分がなんだかとてつもなく巨大なものと戦っているような気がした。そして、もしかしたら自分は負けるかもしれないと生まれて初めて心から思った。《…略…》人が出会ういちばん深い絶望の力に触れてしまったことを感じた。

彼は恐ろしく惨めな気持に絶えず追いつめられ、追いつめられ、そして安々とは息もつけない心の状態で来た

客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はいなかった。外を覗（のぞ）くと、うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍しく見送りの人影さえ跡を絶って、唯（ただ）、檻（おり）に入れられた小犬が一匹、時々悲しそうに、吠（ほ）え立てていた。これらはその時の私の心もちと、不思議な位似つかわしい景色だった。

心が悲しみでいっぱいになる

彼の顔にいつも変らず現れている一つの表情――何かが足りない、心を風が吹き過ぎる、と云っているような表情――が、彼の全生活を支配するこの異様なこんぐらかりの照り返しであるらしい

心の底を叩くと悲しい音がする

「さよなら」と言って、彼女をその物静かな水溜りのような悲しみの中にそっと置き去りにした

白紙のコピー用紙が回ってきたときのような寂しさ

体の中を秋風が吹き抜けていくような思い

秋風落莫の思い

「死んだ妻のことを考えると、暗い深い穴に落ちていく感覚に襲われます。もしくは、妻は今でも、広大な砂漠に取り残されているのではないか、ってそんな気分になるんです。彼女は暗黒の砂漠の中で、声も出なければ音も聞こえず、何も見えなくて、不安を覚えながら、永遠に漂い続けていて、その孤独を、僕は救ってあげることができない。彼女を見つけることもできず、うっかりすると、彼女のことを忘れていることだってある。暗黒の、広漠な土地に放置された、巨大な心細さと悲しみしかありません」

泣く気も起きないほどの寂しさ

泣きだしそうに 髭 だらけの顔をクシャ、クシャさせた。

悲しみが閃く

瞼を焼くような熱い涙が目から流れ出る

太い血管を引き抜かれたように頼りなくなる

謙作 はその冬、初めての児を失い、前年とは 全まる で 異ちが った心持で、この春を過して来た。都踊も八重桜も、去年はそのまま楽しめたが、この春はそれらの奥に何か不思議な淋しさのある事が感ぜられてならなかった。

生が乾いた砂のように、すくい上げる手の指の間から流れ落ちる

彼は上着の内側で出番を待ちかまえている包丁を撫でた。がんばってくれよ。彼は武者震いを押さえることができなかった。

人生の幕を閉じる

人は自分の死を自覚したときから、生きる希望と死への折り合いをゆるやかにつけていくだけなんだ。たくさんの些細な後悔や、叶えられなかった夢を思い出しながら。