稲の絨毯が燃え上がるように輝き、そのうえをトンボの群れが不規則な軌跡を描いて飛行する

青く澄んだ空を赤とんぼの群れが飛ぶ

絣（かすり）のように群がり光る赤トンボ共

夕空に舞い狂う赤とんぼの色。

（やんま）翡翠ひすい の大きな眼、黒と黄の段だら染め、細くひきしまった腰から尾への強い線、──みんな美しい。

（盛夏の稲）二尺程に延びて密生した稲が風もないのに強い熱と光との中に揺れて見えた。 「ああ稲の緑が煮えている」彼は 亢奮 しながら思った。 　実際稲の色は濃かった。強い熱と光と、それを 真正面 に受け、押合い、へし合い歓喜の声をあげているのが、謙作の気持には余りに直接に来た。

九月は十月になった。さびしい風が裏の森を鳴らして、空の色は深く碧く、日の光は透通った空気に射渡って、夕の影が濃くあたりを隈どるやうになった。

けだるい日曜日の午後、少し開いた窓からひんやりとした風がそよそよ入ってきていた。世界中が少しだけ黄色になって、空気が透明になっている。光線が目に見えるほどはっきりとしている。いつのまにか秋の気配がせまってきていた。

郊外の林も都心の並木も葉を落して冬の景色であった。

冬至に近づいてゆく十一月の脆（もろ）い陽ざし

たくさんの蝉が松の枝にしがみついて、声を限りに鳴いていた。夏は今が盛りだったが、蝉たちはそれが長くは続かないことを承知しているようだった。彼らは残された短い命を慈しむように、声をあたりに轟かせていた。

（セミの鳴き声が）三重四重、五重にも六重にも重なって鳴いている。

ちりちりともつれたように短い啼音（なきね）を立てて、蝉が飛び移った

蝉の声が幾つも重なる

私は瀬を揺がす河鹿の声のなかに没して