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(入院中の爺さんをお見舞いに来て爺さんに怒鳴られて)老婦人は顔を伏せてちぢこまっているが、別にしょんぼりしている様子でもない。四十年も五十年もこの調子でどなりつけられてきて、何も感じなくなっているのだろう。《…略…》
(婆さんが言う)「すみませんねえ。うるさい、きたない年寄りで……」 テーブルの下の棚から、やっと「突き匙」が出てきたときには、吉田老は怒り過ぎたのか、いささかぐったりとしていた。姿勢をしゃんと正さず、半分起きた状態で果物を口に運ぶために、喉仏から鎖骨のあたりに果汁がぼたぼたこぼれ落ちる。婆さんはそれを見て、またしきりに〝きたない〟〝きたない〟と繰り返すのだった。 最初のうち、おれはこの老夫婦の会話をほほえましく聞いていたのだ。昔ながらの封建的だが駄々っ子のような亭主と忍従型の老妻とのやりとりとして。 誤算だった。 婆さんの顔は、押さえきれない喜びに輝いていた。 婆さんは、いまやじっくりと復讐を楽しんでいるのだった。愚鈍を装って、傲慢な夫の神経に、一本一本細い針を突き立てている。ののしられ、婢(はしため)あつかいされ続けたこの半世紀の間、婆さんはじっとこの日を待ち続けて耐えてきたのだろう。いまや、吉田老に残された武器は、どなり慣れた口だけだ。それも所詮は空砲だ。婆さんはいま、案山子の正体を知ったカラスになって、じわじわと一本足の吉田老に近づいていくのだった。
中島 らも / 今夜、すベてのバーで 作品を確認(amazon)
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単語の意味
些か(いささか)
縮こまる(ちぢこまる)
亭主(ていしゅ)
愚鈍(ぐどん)
偽装・擬装(ぎそう)
鴉・烏(からす)
些か・・・ちょっと。少しだけ。
縮こまる・・・体を丸くして小さくなる。緊張や寒さなどで、体や気持ちが小さくなる。
亭主・・・家のあるじ。旅館や茶屋のあるじ。
愚鈍・・・頭の回転が遅くて何をやらせても反応や行動が遅いこと。また、そのさま。
偽装・擬装・・・1.偽(いつ)り装(よそ)うこと。ある事実をおおい隠すための、装いや行動。他人の目をごまかすため、他の物事や状況を装うこと。
2.周囲の風景や他の物とよく似た色や形にして、姿を見分けにくくすること。カムフラージュ。
2.周囲の風景や他の物とよく似た色や形にして、姿を見分けにくくすること。カムフラージュ。
鴉・烏・・・カラス科カラス属およびそれに近縁の鳥の総称。人家近くの森に住む、雑食性の利口な鳥。雌雄ともに全身、光沢のある黒。日本では主に嘴太烏(ハシブトガラス)と嘴細烏(ハシボソガラス)の2種。古来より人との関わりが深く、熊野の神の使いとして知られ、また、その姿や鳴き声は不吉の象徴とされるなど、信仰や迷信が多い。
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病院のベッドの上で、美咲は透明になりかけていた。薄くなり、色を失い、透けていこうとしていた。このまま消えちゃうんじゃないかと思った。
あさの あつこ「ガールズ・ブルー〈2〉 (文春文庫)」に収録 amazon
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復讐感覚は、数学の能力のように正確であり、等式の両方の項が満たされるまでは、何かやり残した感じを 払拭 できない
新渡戸稲造 訳:岬龍一郎「いま、拠って立つべき“日本の精神” 武士道 (PHP文庫)」に収録 amazon
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惰性が男と女の世界をずるりずるりと引いている
芝木 好子 / 女ひとり amazon
傲慢な妻の態度に怯えている哀れな夫
藤本 義一 / やさぐれ刑事 amazon
草薙にとって、百合さんは、自分がまっすぐ立っているための重りのようなものかもしれない、と僕は思った。バランスを取るために不可欠な、重りだ。彼は大切な重りを、傷つけられることはもとより、触れられるのだって、嫌なのだ。
伊坂 幸太郎 / オーデュボンの祈り amazon
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みんなが野良犬のように眼の色をかえ、いつもいがみあっている。
阿川 弘之 / 雲の墓標 amazon
地球の一部がどかんと凹んだような戦車壕
木山 捷平 / 大陸の細道 amazon
小家族の中で波がおきる
林芙美子 / 新版 放浪記
一切が無になり虚にならねばならぬ瀬戸ぎわ
本庄 陸男 / 石狩川〈上〉 amazon
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丹羽勘右ヱ門と、いまどきこんな古刀のような名前をぶらさげて歩こうものなら、いい笑いもので
林芙美子 / 馬の文章「(003)畳 (百年文庫)」に収録 amazon
慌ただしく権力の順位の入れ替わる教室内で、彼女だけは不可侵条約、平和地帯、彼女の話をするときだけは皆批判を押さえこみ、女子っぽい猫なで声でほめそやす。
綿矢 りさ / 亜美ちゃんは美人「かわいそうだね? (文春文庫)」に収録 amazon
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男は女を漁る蠅(はえ)みたいにもの
石坂 洋次郎 / 丘は花ざかり amazon
世の中には、美しい女達もあるものだと思う。まるで人形のようだ。
林芙美子 / 新版 放浪記
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