（気配がない）暗殺者のような身のこなし

（人が家から出ていく気配）玄関の金属製のドアが開いて、いっとき外のざわめきが届き、それからそのドアがそっと閉じられる音がする。

背後に気配がある

そこへ、若い女の声がした。外の陽が、治郎吉の仰向いている顔へ映した。

（人と接することが苦手な女の居留守）突然ドアチャイムが鳴る。瞬間、目の奥で何かがパリンと割れる気がする。まぶたを強く閉じてそのまま動かずにいる。強姦される女みたいに。神経をドアの外の気配に集中する。もう一度音が鳴り響く。コンクリートの上で苛々と足を踏みかえるような微かな音。それでもじっと息をひそめていると、やがて通路を歩き去るゴム底の靴音がして、隣のチャイムが同じように鳴らされる遠い音が聞こえる。とめていた息が漏れる。たぶん戸別訪問のセールスマンか何かだ。

雨の様な涙を落して俯向（うつむ）いている。

患者の手足はかたくこわばり、木づくりの人形のようだった

（垢抜けない）田舎育ちのせいもあって、日頃見慣れている都会の女たちに比べれば、いくぶん垢抜けの薄いうらみはあった

赤煉瓦（れんが）の鋪道の片隅に、二銭のコマを売っている汚れたお爺さんがいた。人間って、こんな姿をしてまでも生きていなくてはならないのかしら

魂の抜け殻のような顔

玲瓏と澄み渡る夜の大気

皎々冽々（こうこうれつれつ）たる空霊の気

空気はどことなくピリピリしていて、ちょっと力を入れて蹴とばしさえすれば大抵のものはあっけなく崩れ去りそうに思えた。

音もなく台所に入ってきたのを背中で感じて、私はソファー越しに振り向いた。

明るい筈の家庭内が陰気にしめりかえり、ぬるぬるとした蛇穴のようなむれ気が家内の隅々にたちこもっていて、すがすがした爽やかさはみじんも感じられない。