春の匂いが無性に 鬱陶しくて遮断したくなった。五感に触れるすべての要素が自分から力を奪って殺そうとしているような気さえした。そんな重たい 倦怠

部屋中の空気はぴくりとも動かなかった。浅い眠りが何度か彼の体を通り過ぎる。《…略…》自分の肉体が少しずつ実体をなくし、重さをなくし、感覚をなくしていくのに耐えた。《…略…》目の前の白い壁はその息づかいにあわせてゆっくりと揺れた。空間がある密度を持ち、彼の肉体を侵し始める。

席替えというイベントに、教室は揺れるようにざわめき続けていて、私は船酔いしたような気持ちで窓の外を見た。

何をする気にもならない自分はよくぼんやり鏡や薔薇（ばら）の描いてある陶器の水差しに見入っていた。心の休み場所――とは感じないまでも何か心の休まっている瞬間をそこに見出（いだ）すことがあった。

鬱気

陰鬱が消える

顔が恐ろしく憂鬱そうな色に満たされる

鬱積している生活感情

深い霧のなかを影法師のように過ぎてゆく想念がだんだん分明になって来る。 　彼の視野のなかで消散したり凝聚（ぎょうしゅう）したりしていた風景は、ある瞬間それが実に親しい風景だったかのように、またある瞬間は全く未知の風景のように見えはじめる。そしてある瞬間が過ぎた。――喬にはもう、どこまでが彼の想念であり、どこからが深夜の町であるのか、わからなかった。暗のなかの夾竹桃はそのまま彼の憂鬱であった。物陰の電燈に写し出されている土塀、暗と一つになっているその陰影。観念もまたそこで立体的な形をとっていた。 　喬（たかし）は彼の心の風景をそこに指呼することができる、と思った。

憂鬱にしかめた顔

眼を前のニス塗りのドアの高い 横桟 の辺りに据え、何か自分の考えを纏まとめようとするかのように動かず、じっとしている。

萎れた花のように首を垂れる

残念な気持ちがする

気が重い

立ちすくんだその姿の首から肩、肩から背中に流れる線は、もしそこに見守る人がいたならば、思わずぞっとして異常な憂愁と力とを感ずるに違いない不思議に強い表現を持っていた。