恋が突然、始まるものなのだとしたら、まさしくあの瞬間だったと言うことができる。

彼女の横顔はいつも本当に甘く小さな整い方をしていた。

恋う

（恋した女を膝に乗せ時の）花弁のように軽くて、無限の重さのあったカテリイヌの体重

彼女を見ているだけで、彼の胸は重く厳しく締めつけられた。ふたつの壁のあいだに挟まれて身動きがとれなくなった人のように、そのまま進むことも退くこともできない。肺の動きが不規則でぎこちなくなり、生ぬるい突風の中に置かれたみたいにひどく息苦しくなった。これまでに味わったことのない奇妙な心持ちだった。

彼と異性の肌から醗酵する、汗の香、涙の香、黒髪の香が……燃え抜けた飽慾のあとの肉体にあまい気だるさとなって

私はこの恋愛にそれなりに浮かれていた。

夢うつつのような恋に身も心も浸りきる

（恋人に別れを告げられて泣く）「わたしだって半狂乱なのよ。わかってる？」 　そう言った途端、こみあげてくるものがあった。野呂の前で涙を見せた途端、自分自身の感情の収拾がつかなくなるのはわかりきっていた。わたしは奥歯を強く嚙んで涙をこらえた。 　口の中いっぱいに拡がる漆黒の闇を嚙みしめているような気がした。今後、耐えていかねばならない野呂の不在は、わたしにとって、無限の闇、無限の空洞だった。

恋のような高揚した気持ち