油蝉のたぎるように鳴く裏庭

窓から外を見やれば、見えるものはまだまだいっこうに白くて熱を吸ったり吐いたりをじっとして繰り返すまま。

誘導棒の赤い光に羽虫が集まっていて、それを振り払おうと棒をいたずらに振ったら蛾に当たり、殴られた蛾はアンバランスな低空飛行をしばらく続けた後、砂利の上で動かなくなった。もうそういう季節になってきている。

地獄の釜で煮られているような夏

夏の午後の蒸し暑い沈黙がのしかかる

舗道が昼の緩んだ暑さを残して温かく、汗ばむように湿る

踏み越えた白線が車のハロゲンライトに浮かび、一瞬、白蛇のようにのた打って見えた。

巨大な爬虫類の皮膚のようなアスファルトの路面

誰かが吐き捨ててアスファルトの表面でぺちゃんこになったガム

昆布のようにつるつるした都会の歩道

むっと熱い車内、フロントグラスからは真っ白にかーっと光った一本道だけが見えた。ビルも並木もまぶしかった。

蛍の火が一すじ椰子の並木の中から流れてきた。娘は手に持っていた団扇（うちわ）をさし上げた。蛍の光はそれにちょっと絡（まと）わったが、低く外れて海の上を渡り、また高く上って、星影に紛れ込んで見えなくなった。

二〇一〇年の夏は、後に気象庁が「三十年に一度の異常気象」と認定したほどの猛暑で、

ツツツツと細い火の柱が無数に空へつきぬけた。凄まじい爆音は絶えまなく空に裂ける！　そして、ぱあと空いちめんが花火になった。流星、狂い獅子（じし）、七ツ傘、柳、五葉牡丹（ぼたん）、花ぐるま。 　花火に重なる花火、爆音につづく爆音、滅茶滅茶な火の乱舞、光の狂射、色の躍り、善光寺の町はあらゆる色に変って明滅した。空も地も気をそろえて気が狂（ちが）ったような瞬間が起った。

外の世界は五月だ。明るい溌剌とした五月だ。自分の心もかつてはこのようでなかったか？

（東海道）「この東海道というものは山や川や海がうまく配置され、それに宿々がいい工合（ぐあい）な距離に在って、景色からいっても旅の面白味からいっても滅多に無い道筋だと思うのですが、しかしそれより自分は五十三次が出来た慶長頃から、つまり二百七十年ばかりの間に幾百万人の通った人間が、旅というもので甞（な）める寂しみや幾らかの気散じや、そういったものが街道の土にも松並木にも宿々の家にも浸み込んでいるものがある。その味が自分たちのような、情味に脆（もろ）い性質の人間を痺（しび）らせるのだろうと思いますよ」

どうして我々のバスが峠の上でもう一台のバスが来るのを待っていたかといいう理由はすぐに明らかになった。山を少し下ったあたりから道幅が急に狭くなっていて二台の大型バスがすれちがうのはまったく不可能だったからだ。バスは何台かのライトバンや乗用車とすれちがったが、そのたびにどちらかがバックして、カーブのふくらみにぴったりと身を寄せなくてはならなかった。

ゆるいＳ字状のカーブ

渋谷のスクランブル交差点は、今日も切れ目の無い雑踏で覆い尽くされている

道は 二叉 に分れ、庭園風の人工的な曲線を描いて、一つの 叢くさむら を 挟んでいた。