（オスのカジカガエルが）水の上を雌に求め寄ってゆく、それは人間の子供が母親を見つけて甘え泣きに泣きながら駆（か）け寄って行くときと少しも変ったことはない。「ギョ・ギョ・ギョ・ギョ」と鳴きながら泳いで行くのである。

舞台馴れした足どりが、むさ苦しい服装をした仲間の席に、派手やかな幕裏から吹き寄せる劇場の風のように、近寄って来る。

枯葉を踏むのを楽しむ小学生のように、さくさくと近づく。

牛と云う文字が、急に眼の中に寄って来て、犇（ひしめ）くと云う文字に見えて来る。

灯をもとめる蛾のごとくさまよい寄る

夕闇の中に診察着をきた一人の男が夕顔のように白く近よってくる

私は瀬を揺がす河鹿の声のなかに没して

蛙が、一斉に裂けるかと思うほど喉の袋を膨張させて、実をゆるがしながら鳴き立てる

きろきろきろきろと風船玉をこすり合わせるような蛙の声が錯雑して聞こえる

荒海に逆巻く波濤の怒号のような蛙の鳴き声

（たくさんなカジカガエルが鳴いて求愛する）一匹の雄（おす）がいた。そして彼もやはりその合唱の波のなかに漂いながら、ある間（ま）をおいては彼の喉（のど）を震わせていたのである。私は彼の相手がどこにいるのだろうかと捜して見た。流れを距（へだ）てて一尺ばかり離れた石の蔭（かげ）におとなしく控えている一匹がいる。どうもそれらしい。しばらく見ているうちに私はそれが雄の鳴くたびに「ゲ・ゲ」と満足気な声で受け答えをするのを発見した。そのうちに雄の声はだんだん冴えて来た。ひたむきに鳴くのが私の胸へも応（こた）えるほどになって来た。しばらくすると彼はまた突然に合唱のリズムを紊（みだ）しはじめた。鳴く間がたんだん迫って来たのである。もちろん雌は「ゲ・ゲ」とうなずいている。しかしこれは声の振わないせいか雄の熱情的なのに比べて少し呑気（のんき）に見える。

川えびが脚を櫂のように動かして、泳いで行く。

河鹿の鳴きしきっているのを聞くとさっさと瀬のそばまで歩いて行った。すると彼らの音楽ははたと止まった。

この小動物（小瑕）は今や産卵期のまっただなかにあるらしく、透明な腹部一ぱいにあたかも雀の稗草（ひえぐさ）の種子に似た卵を抱えて

濁った流れの中に、黒っぽいものが、渦を水に曳（ひ）いて動くのが見えた。

普段はほのかな虹色に輝く鮭の腹が、産卵期には緋鯉のように真っ赤になる

堤が一髪を横たえたように見える。

背後霊のようにいつも一緒にいる

探偵のように付け狙って

見る見る視界の彼方に消えていく

恋人同志のように顔を近づけて

美代子の体を貫くように腰を振りながら

（再婚について）新らしく着物を着変えるようにしか思っていない

そこには愛によって使い古された空気が漂っていて

スタンは顔を斜めに傾けた。そして、ゆっくりとサユリの顔に自分のそれを近づけた。彼女の瞼は彼の唇の移動するのと同じ速さで閉じられた。そうして、彼は自分の存在をかけて、六本木の雑踏の中、甘やかな口づけを恋する女に贈った。

伊豆の別荘で潮風にまみれて、いとおしんだサユリの手や足たち。それらの饒舌で美しい蜘蛛のようなゆったりとした動き。