火の見へあがると、この界隈（かいわい）を覆っているのは暗い甍（いらか）であった。《…略…》レストランの高い建物が、思わぬところから頭を出していた。

地盤の低い家々の庭や門辺に立っている木々の葉が（見える）

（山から見下ろした夜明けの風景）中の海のむこうから海へ突き出した連山の頂が色づくと、美保の関の白い燈台も陽を受け、はっきりと浮び出した。間もなく、中の海の 大根島 にも陽が当り、それが 赤あか 鱏えい を伏せたように平たく、大きく見えた。村々の電燈は消え、その代りに白い 烟 が所々に見え始めた。然し麓の村は未だ山の陰で、遠い所より 却って暗く、沈んでいた。謙作はふと、今見ている景色に、自分のいるこの大山がはっきりと影を映している事に気がついた。影の輪郭が中の海から陸へ上って来ると、米子の町が急に明るく見えだしたので初めて気付いたが、それは停止することなく、ちょうど 地じ 引網びきあみ のように 手繰たぐられて来た。地を 嘗なめて過ぎる雲の影にも似ていた。中国一の高山で、輪郭に張切った強い線を持つこの山の影を、そのまま、平地に眺められるのを 稀有 の事とし、それから謙作は或る感動を受けた。

見下した往来には、無数の人があちこちと、虫のように蠢（うごめ）いていた。

危うい場所で見るとかくも風景とは美しく見えるものか

東京の女が、フランスの田舎へ行くと、田園にただよう肥料の臭いに、 「おお、くさい」 　といって、顔を顰めるそうな。

山が乳色の春霞の中に溶け込む

街の物音が、厚い膜に包まれたように、遠くかすかに響いて来る。

激戦地の跡もかくやと思わせるほど、巨大な根株や丸太が散乱している洪水の跡

山並みが屏風のように住宅街を囲う