たったいままで教室にいたあの変な子が影もかたちもないのです。みんなもまるでせっかく友だちになった子うまが遠くへやられたよう、せっかく捕（と）った山雀（やまがら）に逃げられたように思いました。

怯えた小動物のように闇の中へ消えていく

何の前置きもなく何の説明もなく、風に吹きとばされる のろし のようにどこかに去っていく

素早い動きだった。花火のように、あっという間にいなくなった。

彼女がチェシャ猫のように笑顔だけを残して消えてしまう

遠くの空の雁のように、見る見るすげなく遠ざかって行く

（青い）ワゴンはみるみる遠ざかっていく。それはただの青い点となり、やがて町の景色の一部となった。

（闇夜に小袖を引きずる）闇が、咥（くわ）え込むように、小袖はすすすと、丁字（ちょうじ）の葉蔭へ、うごいて行った。

彼女の淡いブルーのカーディガンが勤めがえりの人々の群れの中に吸いこまれるように消えてしまい、もう二度と戻ってこないのを見届けて

降りしきる雪の中を、ただ一人だんだん遠ざかって、とうとうかすんで見えなくなってしまった。

見えない糸に引っ張られるように階段を上っていく

蒔野の長い指は、速い旋律を惚れ惚れするほど正確に駆けた。

潮が引くように人が散っていく

佃は丁寧に挨拶して、ぎごちない足どりで人ごみの間に隠れた。

小説書きは、それぞれに自分の体質と性格に適した方法で発想をし、仕事をすすめて行くわけだが、なんといっても、一つ一つ、仕上げてゆく仕事が同じものではいけないことが苦しい。 　もっとも辛いのは五、六十枚の短篇小説であって、これは短い日数のうちに一つの主題を完結させねばならないから、まったく油断も隙もあったものではない。私などは五十枚のものだったら五日間、一日十枚を書くつもりで日数をとっておかぬと、安心ができない。連載小説の場合は、一つの長いストーリーを一年なり一年半なりかけて、準備をし、さらに、それと同じ月日をかけて書きすすめてゆくわけだから、当然、登場して来る諸人物の性格も発酵しているわけだ。 　そうした作業を、短篇ではわずかな日数と枚数で仕上げねばならぬ。まことに苦しいのだけれども、短篇小説を書くことからはなれてしまうと、私の場合は長篇を書くときの自信がもてない。 　短篇を書いて構成力を養っておかぬと、どうも安心ができないのだ。

脇腹が触れるほど近くにいる

飢え疲れた旅人の後をつける曠野の狼のように

歩いてくる佳乃の姿が見えたのはそのときだった。《…略…》数十メートルごとに並ぶ街灯の下で、佳乃の姿がはっきりと浮かび、また消えて、また次の街灯の下で浮かぶ。

宇宙の端っこくらい遠い

金魚の糞みたいにくっついて行く