とにかく、春の勢いはすごい。これまではモノクロにくすんでいた画面に、一瞬で色がつくみたいだ。どんな特撮技術を使っても、この鮮やかな景色の変化は表現できないだろう。 　変化は景色だけじゃなく、においにも音にも表れる。冬のあいだは硬く冷たく流れる川が、草木が芽吹きはじめるのとほぼ同時に、さらさらと優しい音に変わる。水は澄みわたって、甘い香りがする。金色に輝く川底の砂に、透明なメダカの群の影が映っているのを発見し、俺は思わず声を上げてしまった。 　なんかこう、春はすべてにメリハリがつくって感じだ。繁ばあちゃんの大群に包囲されてるのが冬だとしたら、百人の直紀さんがバイクに乗って、山を駆けめぐってるのが春だ。張りがあって騒々しい。

予感をたっぷり溶かしこんだ春の空気

柊（ひいらぎ）や生垣の檜葉などが、春の芽をがむしゃらに延していた。

春の気配は日一日と濃くなっていく。風の感触は穏やかになり、木々の葉は目に見えて青みを増し、光は丸みを帯び柔らかくなっていく。

春が一番だ。春のわくわくするような気持ちと、花や土や水の香りがまじりあった空気の甘さに、かなうものはない。

菜の花の黄色の帯の向こうに、青い布をハラリと広げたようなのどかな瀬戸内海がある

眠たげな甘さを含んだ四月の海

粘っこいような春の海が薄緑にひろがる

眠たげな甘さを含んだ四月の海

生命が地表に顔を出し、若い実を結び、人々がほっと一息ついた頃

夕陽の当たる斜面では、黄金色の木漏れ日が射している。それに負けないぐらい豪華な黄色い花をつけ、山吹が重そうに枝垂れている。

春先は、一年を通じて散歩にもっとも適したシーズンである。

初夏の陽射しが眩しい六月最初の月曜日

かすかに淡く春の 匂いがする、肌寒い夜だった。コートの薄い生地を通して、甘い夜風が体を包み込んできた。

海の、波打際、といってもいいくらいに海にちかい岸辺

緑色の縞が幾重にも走った濃い群青色の水面

八月の海は銀の粉を吹いて光っている

水の上にまばたきするような灯の影

水に足を踏み込む。ジャバン！　とまるで湯船に足をつけたように水音が大きく反響して、この窪地が異様なまでに静かだったことに今さらに気づく。膝上までの重い水の中を歩くと、一歩毎に大きな水音が響く。俺は無垢で真っ白だったなにかを土足で汚しているような気持ちになってくる。俺がやってくるまでは、この場所は完璧な沈黙の中にあったのだ。俺は歓迎されていない。直感的にそう思う。