広い東京市中が、海のような濛靄（もや）の中に果てもなく拡がって見えたり

靄もや が野を 蔽おおい、幕のように光っていた。

時折、切れ切れの霧が窓をかすめて、沿線風景を墨絵のようにぼかす

図書館の煉瓦壁にも、半透明な霧の膜がからみつき、よく発達した黴に似ている。

杉は、まっすぐ垂直に伸びるので、濡れそぼった窓からは、霞の中に浮かび上がっているその足許だけが見える。

雨風のために夜はにぎやかな往来もさすがに人通りが絶え絶（だ）えだった。

その夜も眠りにくかった。 　十二時頃夕立がした。その続きを彼は心待ちに寝ていた。 　しばらくするとそれが遠くからまた歩み寄せて来る音がした。 　虫の声が雨の音に変わった。ひとしきりするとそれはまた町の方へ過ぎて行った。

雲がしきりに飛んだ。そのうち洗ったような月が出た。

包みこむような雨が音もなく細かく降る

罪人を打ちすえるごとく体の芯まで冷やす雨