温（あたた）まるにつれて、君の周囲から蒸（む）れ立つ生臭い魚の香は強く部屋じゅうにこもったけれども、それは荒い大海を生々しく連想させるだけで、なんの不愉快な感じも起こさせなかった。

犬のような敏捷（すばや）さで方角を嗅（か）ぎ慣れている漁夫たち

津軽（つがる）や秋田（あきた）へんから集まって来た旅雁（りょがん）のような漁夫たち

潮で鏽（さ）び切った老船頭の幅の広い塩辛声（しおからごえ）

寒暑と波濤（はとう）と力わざと荒くれ男らとの交わりは君の筋骨と度胸とを鉄のように鍛え上げた。君はすくすくと大木のようにたくましくなった。

津軽（つがる）や秋田（あきた）へんから集まって来た旅雁（りょがん）のような漁夫たち

（生徒たちは）梢をわたる小鳥のように自由で、奔放で、美しい声を持っていた。

身体を揉みほぐすのは、込み入った計算式を解いていくようなものだ、と陣治は言う。よくはわからない。足裏や膝や肩や手指を、圧したり撫でたり 捻ったりするうちに、凝りそのものの中枢に自然と届いていく。その感触が、重積分だの偏微分だのなんだかんだを繰り返して膨れ上がった数式が、結局は電圧と電流と抵抗の三要素からなる、中学生でも知っている単純な公式に収束していく過程に、なぜか似ていると感じるのらしい。

常客のひとりが、いつか私に、 「松つぁん（寿司屋のあるじ）は、いのちがけで鮨をにぎっとるからねえ」 　しみじみと、ささやいたことがあった。 　にぎっているときのあるじの両眼は、たしかにするどい。 　全神経を張ってにぎっている感じがするときがある。 　にぎり終えて客の前に出すとき、あるじの顔に、ほっとした微笑が浮ぶ。 　よくはわからぬが、にぎりつづけて一日が終ったときの疲れは相当のものにちがいない。

マッサージへかかる前に、マティーニのような酒をのむのも、私自身の躰の仕組みをわきまえているからである。こうしたほうが二倍も三倍も、私の躰にはマッサージが効くのだ。

違法駐車の車のワイパーに切符をはさみ続けている。