(スランプの克服)しかしとにかく、目の前の楽器を弾けないというあの耐え難い苦しみは、終わったのだった。それを実感し、安堵すると、彼は、自分がつい今し方まで捕らわれていた恐ろしい場所を振り返った。そして、もう二度と戻りたくないと心底思った。
平野 啓一郎「マチネの終わりに (文春文庫)」に収録 ページ位置:70% 作品を確認(amazon)
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克服
スランプ
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前後の文章を含んだ引用
......がらどうにか最後まで辿り着くと、天を仰いで一人で声もなく笑った。そして、下を向くと、たったそれだけで息を切らしたような情けない両手を見つめた。 酷い有様だった。しかしとにかく、目の前の楽器を弾けないというあの耐え難い苦しみは、終わったのだった。それを実感し、安堵すると、彼は、自分がつい今し方まで捕らわれていた恐ろしい場所を振り返った。そして、もう二度と戻りたくないと心底思った。 皮が薄くなってしまった指先には、弦の摩擦の初々しい痛みと熱が残っていた。どこか照れ臭いような喜びが、全身に染み渡っていった。 まったく指が動かないのではと恐れ......
単語の意味
安堵(あんど)
安堵・・・安心すること。心配事がなくなって緊張から解放されること。
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克服の表現・描写・類語(安心するのカテゴリ)の一覧 ランダム5
(なんとかできる)田んぼのぬかるみを、転ばずに端から端まで歩けたという程度のこと
平野 啓一郎「マチネの終わりに (文春文庫)」に収録 amazon
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スランプの表現・描写・類語(人生のカテゴリ)の一覧 ランダム5
(ソロコンサートで演奏が途中で止まるギタリスト)楽曲は、展開部の最後に差し掛かり、ベースラインの半音ずつの上昇を経て、最初の主題に戻ろうとする。まさにその刹那だった。 沈黙が、唐突に脇から彼を追い抜いて、行手に立ちはだかった。音楽が、その隙に彼の手から逃れ去った。何も聞こえなくなった。どういうわけか、しんとしていて、発熱した時間が、虚無のように澄んでいる。蒔野は、舞台の照明が目に入った時のように、その静寂を少し眩しいと感じた。額に汗が滲んだ。人混みで財布を 掏 られた人のように、彼は慌てて音楽を探した。手元にはただ、激しい鼓動と火照りだけが残されている。 聴衆は、突然、演奏が止まってしまったことに驚いていた。蒔野自身も呆然としていて、何が起きたのか、わかっていない様子だった。すぐに演奏に戻ろうとしたが、指はただ、指板の上をうろつくだけで途方に暮れた。蒔野はもう一度、驚いた顔をして、怪訝そうに、自分の左手を見つめた。 会場がざわつき始めると、彼は何も言わずに立ち上がって一礼した。客もどうしていいかわからなかったが、疎らに拍手が起きた。
平野 啓一郎「マチネの終わりに (文春文庫)」に収録 amazon
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「心」の言葉を含む安心の表現(人生のカテゴリ)の一覧 ランダム5
心は水が澄んだように揺 がなかった。
有島武郎 / 或る女
時折、幾つかの小さな感情の波が思い出したように彼の心に打ち寄せた。そんな時には鼠は目を閉じ、心をしっかりと閉ざし、波の去るのをじっと待った。夕暮の前の僅かな薄い闇のひとときだ。波が去った後には、まるで何ひとつ起こらなかったかのように、再びいつものささやかな平穏が彼を訪れた。
村上 春樹「1973年のピンボール (講談社文庫)」に収録 amazon
一息吐くと、自分がたった一人で宮崎にいることのふしぎに心地良く沈潜していった。
平野啓一郎「ある男」に収録 amazon
伸子は次第にくつろぎと楽しさが心や体にしみこむのを感じた。
宮本百合子 / 伸子
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暗がりに巣を張り巡らせた毒々しい血吸い蜘蛛のように(罠を張って待ち伏せる)
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 3 amazon
三原は石のような壁の前に自分が立っていることを感じた。
松本 清張「点と線 (新潮文庫)」に収録 amazon
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