店の灯も、町の人通りも香水（こうすい）の湯気を通して見るように媚（なま）めかしく朦朧（もうろう）となって、いよいよ自意識を頼（たよ）りなくして行った。

心が虚ろになり、一日が一月のように長い

店先に寄り衣裳（いしょう）の流行の様子を見たり、月光石（ムーンストーン）の粒を手に掬（すく）って、水のようにさらさら零（こぼ）しながらも、それは単なる女の習性で、心は外に漠然としたことを考えていた。

自分の内側ばっかり見ているから、何も覚えていない。学校にいる間は、頭の中でずっと一人でしゃべっているから、外の世界が遠いんだ。

ノートを出して何か書こうと鉛筆を握ってはみるけれども何一つとして言葉が浮かんで来ない。別れたひとの事が気にかかるだけだ。

どうせき止めていいかわからない程、呆然とした気持ち

とにかく早く酔っ払ってしまいたい。

心のうちには、非常な難所を通って往き着かなくてはならぬ所へ往き着いたような、力の弛（ゆる）みと心の落着きとが満ちあふれて、そのほかのことは何も意識に上らず、備後畳（びんごたたみ）の上に涙のこぼれるのも知らなかった。

せき人名 は少しも口を 利かず、賛次郎のいるさえ意識しないように、ぼんやり遠い一点を見つめて歩いていた。その様子が賛次郎には何か せき がそこに或る 幻影 を認め、それを見つめることから気の遠くなるような 陶酔 を感じているのではないかしらという気がふとして来た。打ち砕かれた淋しさの不機嫌としてはあまりにその眼は何かを 夢見ていた。いかにも甘い夢だ。それに酔う一種の 喪心 状態に思われた。

厄落としでもしたような気持ち