雨にかすんだ風景

野も丘も雨に煙っていた。風と音が来て、雨が幕を引くように、片側から風景を打ち消した。

島が雨にかすんで遠くの幻のようにぼんやりと見える

銀色の雨しぶきのなかで、樹々の 梢こずえ が海草のようにゆれ動く。

草原いっぱいにハープの糸のような雨の膜がひろがってゆく

街の灯が、赤いインクでもこぼしたように点々とにじんで見える

夜は油のように重く、静かに町並みを満たしていた。あらゆる路地、街角が意味を持って暗く黙っているようだった。

少し高いところにあるコテージからは、ぽうぽうとゆらめく街の光が見える。

きらびやかに火をともす街

眼前の暗い町並みとネオンのがたがたした切り絵

電灯がついていて、後ろの木々に皎々（こうこう）と照っている。

（石段）石灰石の階段が夜の微光をのこらず集め、巨きな荘厳な瀑布のように白く懸かる

自分の影を両側の街燈が次には交互にそれを映し出した。後ろから起って来て前へ廻り、伸びて行って家の戸へ頭がひょっくり擡（もちあが）ったりする。慌（あわただ）しい影の変化を追っているうちに自分の眼はそのなかでもちっとも変化しない影を一つ見つけた。極く丈の詰った影で、街燈が間遠になると鮮（あざや）かさを増し、片方が幅を利かし出すとひそまってしまう。「月の影だな」と自分は思った。見上げると十六日十七日と思える月が真上を少し外れたところにかかっていた。自分は何ということなしにその影だけが親しいものに思えた。

エレベーターは一階に到着すると、上品なベルの音を鳴らし、扉を開いた。

（店内から見た外の風景）二人の席に面した透明のショーウィンドウの向こうにある歩道も無人で、午後のきつい日差しがアスファルトを照らしているだけ。周りのできごとがすべて背景になり、日常だった昼の空気がねじれてゆく。

ちぎれるくらい激しくワイパーを動かしながら、タクシーが一台止まった。

小雨が私語するように降る

海霧で川もお花畑も乳白色に漬かる

針のように細かい雨

その林を閉ざして、 硝子ガラス 絵え に水が伝うように、静かに雨が降り出した。