脳裏に浮かんだ女性の顔が印画紙に焼き付いたように消えない

さっきわかれたばかりの色の黒い男の影は彼の脳に濃いしみのように残っていた。

光景がありありと胸の底に焼きつく

まるで映画の抽象的なシーンのみたいにくりかえしくりかえし僕の頭に浮かんでくる

忘れたいのにむやみに何度も脳内で再生される。

見たような気がしますけど、何しろ十四年も昔のことだから──」 　花世は言葉の終わりを 吞 み込んでしまった。

（昔の男に電話をかける）いつかかけてしまうかもしれないと恐れ続けてきた電話を、八年たった今日かける。 　最後の数字を押す。指先で過去に触れる。十和子の過去のすべてである男に触れる。呼び出し音が鳴っている。一回、二回……。鳴っている、黒崎の身体のすぐそばで。三回……、四回、……五回。胸が締めつけられる。今にも電話をつかもうとする黒崎の手が見える。指の長い滑らかな手。そのとき急に、十和子の腹の奥底から目の 眩むようなものが 迫り上がってくる。光が真っ白に弾けて、手のなかの電話機が生き物のようにうごめく。怖い。どうしてだろう、黒崎俊一が怖い！

（嫌な考えが）悪戯して切った指の傷のように、なかなか痕が消えないで、妙な時に、フッと思い出すのだ。

スマフォで飛驒の山並みを検索する。記憶の中の風景とマッチする稜線を探す。

「思い出っていうやつは、どんな時も哀れなもんだ。時間がたてばたつほど、美化されるから、余計、始末に負えない。たとえ、キスしながらニンニクくさいゲップをしてくるようなやつだったとしても、そいつは思い出の中では、屁もこかない王子様になるのさ」