静まり返った空気の中で地面の奥深く湧き水の水音が響いている

静かな朝など、桶からはみ出た水が光って、まるで白刃のように新しい朝日に輝いていた。

清水（しみず）が湧き出し、水が水を水面へ擡げる渦（うず）が休みなく捲き上り八方へ散っている。

吹き出すように湧いた水は、一間四方ほどの澄んだ水盤を作っていた。

罅（ひび）の入った壁からは、血が流れるように水が垂れている。

波が上げる飛沫は曇った朝景色の中の鮮やかな白

岩から流れ落ちる清水が琴の音のように聞こえる

水中は割合に明るかった。磨硝子色（すりガラスいろ）に厚みを保って陽気でも陰気でもなかった。性を脱いでしまった現実の世界だった。黎明（れいめい）といえば永遠な黎明、黄昏（たそがれ）といえば永遠に黄昏の世界だった。陸上の生活力を一度死に晒（さら）し、実際の影響力（えいきょうりょく）を鞣（なめ）してしまい、幻（まぼろし）に溶かしている世界だった。すべての色彩（しきさい）と形が水中へ入れば一律に化生せしめられるように人間のモラルもここでは揮発性と操持性とを失った。いわば善悪が融着（ゆうちゃく）してしまった世界である。ここでは旧套（きゅうとう）の良心過敏（かびん）性にかかっている都会娘の小初の意地も悲哀（ひあい）も執着（しゅうちゃく）も性を抜かれ、代って魚介（ぎょかい）鼈（すっぽん）が持つ素朴（そぼく）不逞（ふてい）の自由さが蘇（よみがえ）った。小初はしなやかな胴を水によじり巻きよじり巻き、飽（あ）くまで軟柔（なんじゅう）の感触（かんしょく）を楽んだ。

海を渡る時は、途中からひどい嵐になって、青い波が、キャベツ畑のように、渦を巻いて見えた。

茫漠と続く広い川原