夜ふけて、ふと目ざめると、微かに雨の音がしていた。 　闇にただよう冷気は、夏のものともおもわれぬほど、清々しかった。

容赦のない陽射しに晒され続けた空気は、どこにも逃げ場がないのか、この時間になっても重たいガスのごとく辺り一面に垂れ込めていた。

（夏の夕方）鉢植の朝顔は、花弁を閉じ、既に眠りにつく準備を整えている。

風も絶えた夏の夜の闇が、重く蒸し暑くたれこめる

夏の夜は心地よく、そして神秘的な深みをもっていた。

葉の凋（しぼ）んだ鶏頭（けいとう）の大きな花軸の頂が、干からびかけた獣の舌のようにねじれ、黒ずんで並ぶ

遠くつづいた堤のうまごやしの花は、兵隊のように皆地べたにしゃがんでいる。

（くちなし）白磁のような花

（仙人草の）蔓が白い花を一杯につけて、誇るもののごとく、秋風に吹かれつつ白い布のようにふわふわと動いた。

おいらん草が、顔を洗ったように綺麗

風はなく、その枝は地面に向けてひっそりと垂れ下がっていた。とりとめのない思索に耽る人のように。

隧道（トンネル）のような庭樹の間

すすきの穂がさらさらと風に揺れる

（コマクサの絵を描く）コマクサをパーツごとにわけて見ると、ハートにリボンがかかったような形状をしている《…略…》ひと株に溢れんばかりに花をたたえたコマクサの、ハートの部分に一つずつ命を吹き込み、大切にリボンでくるんでいくような気持ちで描き上げた

（飢えで死にかけたとき椰子の林が女に見える）私を取り巻く椰子の樹群が、 変貌 しているのに気がついた。 　それは私が過去の様々な時において、様々に愛した女達に似ていた。踊子のように、葉を差し上げた若い椰子は、私の愛を 容れずに去った少女であった。重い葉扇を髪のように垂れて、暗い蔭を 溜めている一樹は、私への愛のため不幸に落ちた齢進んだ女であった。誇らかに四方に葉を放射した一樹は、互いに愛し合いながら、その愛を自分に告白することを 諾 じないため、別れねばならなかった高慢な女であった。彼女達は今私の臨終を見届けるために、ここに現われたように思われた。

夏の光があたかも目に見えぬ分水嶺を越えるかのようにその色あいを微かに変える頃

京浜国道は残暑の日盛りにまるでフライパンのように焼けていて

どウンと一つ音がして、あっと思や、消えっちまう

やわらかな新緑に体ごと染まってしまいそうな初夏

たっぷりとふくらんだ線香花火の玉のひかりに、あたし達三人の顔がぼうっと照らされている。