活字が揮発油で濡れているパリ・ミデイの一版

きわだって観察の飛び離れた心力のゆらいだ文章を発表して、天才記者という名を博して

《静岡県警の上層部、不正に関与か》 　紙面に太字の活字が躍っている。さっきからすべての全国紙を調べたものの、同様の内容を掲載したものはなかった。ただ一紙、駿河日報だけが報じているスクープだった。

象消滅の記事は地方版のトップに載っていた。「──町で象が行方不明」という地方版にしてはかなり大きな見出しがまず目につき、それから「町民のあいだに不安強まる。管理責任追及の声も」という一段小さな見出しが続いていた。

さまざまな事件があった。浴室のペンキを塗り替えていた主婦が中毒死し、小学生が粗大ごみ置場の冷蔵庫に閉じ込められ、六十七歳の結婚詐欺師が逮捕され、笑い茸を食べたお婆さんが病院へ運ばれた。わたしの知らないところで、世界は複雑に動いているようだった。

私は木のベンチに腰掛け、ほこりっぽい風にさらされてただ見ていた。

氷の入ったグラスがテーブルの上で汗をかき始めている

その場所は説明がなければディスコティックというよりは巧妙につくられた温室か水族館と言っても通用しそうだった。何もかもがガラスで作られているせいだ。床と天井をのぞけば、テーブルも壁も装飾品もぜんぶがガラス製だった。そして至るところに巨大な観葉植物が配されている。 　ガラスの仕切りで区切られたブロックのあるものの中では人々はカクテル・グラスを傾け、あるものの中では人々は踊っていた。それは僕に精密な透明の人体模型のようなものを連想させた。ひとつひとつの部分がそれぞれの原則にしたがってきちんと機能している。《…略…》店内にはガラスの壁がはりめぐらされ、それは透明な迷路をさえ思わせる。

（写真アルバム）昔風の赤い布張りの分厚いアルバム

救助縄（きゅうじょなわ）が空をかける蛇（へび）のように曲がりくねりながら、船から二三段隔たった水の中にざぶりと落ちた。