（アネモネ）スカートをいっぱい拡げた子供のような可愛い花の姿

花の散るのを蝶々だと思ったり

地面はその優しい雨脚のしたで崩れることもなく、 花はあるいは濃くあるいは浅く色を染めて行きます。 それはまるで遠い異国の女が汗に濡れて立っているのに出合ったよう

赤い血のような豆菊や、白い夢のようなコスモスや、紅と黄色の奇妙な内臓の形をした鶏頭（けいとう）が咲き乱れている

笑いさざめいているような花盛り

空が白んで椰子の葉が梢に影絵のように見える

子供たちの靴の裏に潰れた毛虫のようにはりついているぎんなんの果肉

鮮かな花々が植物というより動物のようにうごめいて彼女をねらっていたように感じられた

障子を明けて頭を出すと、椎の枝が青空を遮（さえぎ）って北を掩（おお）うている。

三月の半ば頃私はよく山を蔽（おお）った杉林から山火事のような煙が起こるのを見た。それは日のよくあたる風の吹く、ほどよい湿度と温度が幸いする日、杉林が一斉に飛ばす花粉の煙であった。しかし今すでに受精を終わった杉林の上には褐色がかった落ちつきができていた。瓦斯（ガス）体のような若芽に煙っていた欅（けやき）や楢（なら）の緑にももう初夏らしい落ちつきがあった。闌（た）けた若葉がおのおの影を持ち瓦斯体のような夢はもうなかった。ただ溪間にむくむくと茂っている椎（しい）の樹が何回目かの発芽で黄な粉をまぶしたようになっていた。