死は広大な敷地のそれぞれの地面に根を下ろしていた。《…略…》それぞれの名前と時と、そしてそれぞれの過去の生を背負った死は、まるで植物園のかん木の列のように、等間隔を取ってどこまでも続いていた。彼らには風に揺れるざわめきもなく、香りもなく、闇に向ってさしのべるべき触手もなかった。彼らは時を失った樹木のように見えた。彼らは想いも、そしてそれを運ぶ言葉をも持たなかった。彼らは生きつづけるものたちにそれを委ねた。《…略…》海からの潮風、木々の葉の香り、叢のコオロギ、そういった生きつづける世界の哀しみだけがあたりに充ちていた。
村上 春樹「1973年のピンボール (講談社文庫)」に収録 ページ位置:44% 作品を確認(amazon)
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墓・墓参り
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前後の文章を含んだ引用
......抱いた。様々な香りが鼠の鼻先を緩やかに漂い、そして消えていった。様々な夢があり、様々な哀しみがあり、様々な約束があった。結局はみんな消えてしまった。 振り返れば死は広大な敷地のそれぞれの地面に根を下ろしていた。時折鼠は女の子の手を取り、そのとりすました霊園の砂利道をあてもなく歩いてみた。それぞれの名前と時と、そしてそれぞれの過去の生を背負った死は、まるで植物園のかん木の列のように、等間隔を取ってどこまでも続いていた。彼らには風に揺れるざわめきもなく、香りもなく、闇に向ってさしのべるべき触手もなかった。彼らは時を失った樹木のように見えた。彼らは想いも、そしてそれを運ぶ言葉をも持たなかった。彼らは生きつづけるものたちにそれを委ねた。二人は林に戻り、強く抱き合った。海からの潮風、木々の葉の香り、叢のコオロギ、そういった生きつづける世界の哀しみだけがあたりに充ちていた。「長く眠った?」と女が訊ねる。「いや」と鼠は言う。「たいした時間じゃない」 同じ一日の同じ繰り返しだった。どこかに折り返しでもつけておかなければ間違えてしまいそ......
単語の意味
草叢・叢(くさむら)
背負う(せおう・しょう)
蟋蟀・蛼(こおろぎ)
草叢・叢・・・草が群がり、生い茂った所。
背負う・・・1.運ぶべき物や人などを、背中にのせる。
2.苦しい仕事や重い責任などを引き受ける。
2.苦しい仕事や重い責任などを引き受ける。
蟋蟀・蛼・・・1.コオロギ科の昆虫の総称。体はおもに黒褐色。長く発達した後ろ足を使って、よく跳ねる。雄は秋の夜に草むらや壁の隙間などで、コロコロと美しく鳴く。「蟋蟀」は「させ」「しっしゅつ」とも読み、意味は同じ。「きりぎりす」は古名。ちちろ。ちちろ虫。
2.エンマコオロギを指す場合もある。
2.エンマコオロギを指す場合もある。
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墓・墓参りの表現・描写・類語(イベントのカテゴリ)の一覧 ランダム5
この墓銘 を沢庵石 へ彫 り付けて本堂の裏手へ力石 のように抛 り出して置くんだね。
夏目漱石 / 吾輩は猫である
墓が、うずくまった獣のように、黒い地肌だけを見せて、ひっそりと静まりかえる
渡辺 淳一 / 白き旅立ち amazon
段々状になった 墓苑 には、見晴るかす先まで整然と墓石が立ち並んでいる。
翔田 寛「真犯人 (小学館文庫)」に収録 amazon
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床には埃と手術中の血をたえず洗い落す水が軽い細かな音をたてて流れている。その水が、天井につるした大きな無影燈の光に反射して、手術室全体を燃えた白金の炎のように輝かせていた。その中で浅井助手も看護婦たちもまるで水の中の海草のようにゆらゆらと動いている。
遠藤 周作「海と毒薬 (角川文庫)」に収録 amazon
ただの箱と化していく部屋を見ていると、それまで呼吸していた部屋が死んでいくようにも思えた。
又吉直樹「劇場(新潮文庫)」に収録 amazon
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