沈黙を包む波音は、夜が更けるとともにくっきりと鮮やかに聞こえてくるような気がした。目の前に開けた果てしなく大きな眺めが 鬱積 していたものをきれいに取り払い、きれいな大気が心を満たしていった。でも何か光るものがあって、いつまでも消えなかった。静かだった。永遠の、世界が終わるような、清らかな夜だった。

何処 までが海でどこから夜の 闇 かわかりませぬ。どこに島があるのか見わけもつきませぬ。ただ、うしろで舟を 漕いでいる若者の息づかい、きいきいと鳴る 櫂かい の音、舟ばたにぶつかる波の音で自分が今、海にいるのだと感じました。

もう真っ暗で人けもなく、海ばかりが黒く大きく感じられる

海はつるつるに光って、まるで舞台のセットの上の１枚の黒い布が滑らかに揺れているみたいに見えた。微妙に違う色の空との継ぎ目も、いきいきとはためくパッチワークのように見えた。

右往左往する若鰡（わかいな）の背が星明りに閃（ひらめ）く。

藍染（あいぞめ）川の細い流れ

なんていう名前なのかもよくわからない川

海は冷たく、闇は 頑 なに沈黙を守りつづけていた。ただ聞えるのは、単調にくりかえされる鈍い櫂かいの音だけだった。

午（ひる）近い海は、無数の飛魚（とびうお）が泳いでいるように、白い日光の下に耀（かがや）いた。

この瀬にはことにたくさんの河鹿がいた。その声は瀬をどよもして響いていた。遠くの方から風の渡るように響いて来る。それは近くの瀬の波頭の間から高まって来て、眼の下の一団で高潮に達しる。その伝播（でんぱ）は微妙で、絶えず湧（わ）き起り絶えず揺れ動く一つのまぼろしを見るようである。