努めて暗い往来を選び、盗人（ぬすびと）のように歩いて

空が暗くなるほどのカラスの大群

濛々（もうもう）と灰が立ちのぼっていた。その側で、半分裸の火夫達が、煙草をくわえながら、膝（ひざ）を抱えて話していた。薄暗い中で、それはゴリラがうずくまっているのと、そっくりに見えた。

墨を流したような暗闇

テレビのコントラストをすごく暗くしたときみたいに、何も見えないけど、目を凝らすと誰かがいることを感じる

（夕方、競技場の影）競技場を 挟んでちょうど真向かいにあたる観覧席の上段に、三本のポールが立っていて、それが邦彦と老人のいる場所まで長い影を落としていた。三本の影は、楕円形の競技場の中心を貫いて、邦彦の背後のまだずっと遠くへと伸びていた。どんな強風にも左右されない一直線の影というものが、邦彦には妙に不思議な現象に思われた。 　ポールが揺れないかぎり、影も決して揺れはしないのだと、邦彦は新しい物理的法則を発見したかのように、その三本の黒い線を見つめた。

管玉は病める蚕（かいこ）のように曇っている。

日光が樫（かし）の梢に染まりはじめる。

鉄条網が金色に際立ち、近くで見るライトは光と言うより熱く真赤に焼かれた鉄の棒だと思う。光の円がすぐそこに迫る。（雨で）地面から水蒸気が昇る。土と草と線路がガラスが熔ける時の白になる。

電気スタンドがかすかな光芒を天井に投げて、光の波紋を作っている。その影が微細に揺れて彼は身を起こした。