幸いなことに、北風が吹く日は、たいがい風も冷たく、この強烈なニオイも少しフリーズして冷えた感じして「くささにも一分の塊り」があるようで、まだ耐えられる

ホコリ臭い

いか臭い

耐えられない匂い

わけの分からないにおい

空気が水分に飽和して重くよどむ

生ぬるい空気が頬をなでる

さかなのいろをした空気

春の晩のようなぬるい空気

空気がにわかに濃密な肌触りで身を包む

茶を売る 老舗 の店が近づいて来、その周辺に絶えずたちこめている粉茶の 匂いの中に入った。それはそのときの気分しだいで、立ち 停 まって改めて吸い込んでみたくなるような芳香であったり、我知らず足を速めて立ち去ろうとさせる寂しい 哀しい匂いの塊であったりしたが、いまの邦彦にはどちらでもない、霧散も揮発も 沈澱 もせず、ただひたすらその一線でゆらめいているぶ厚い匂いの 扉 に思えるのであった。

鼻を突く

百合（ゆり）と山査子（さんざし）の匂いとだけ判って、あとは私の嗅覚（きゅうかく）に慣れない、何の花とも判らない強い薬性の匂いが入れ混って鬱然（うつぜん）と刺戟（しげき）する。

こっそりと忍び寄るようなしめやかな香り

醤油のこげた香りがなんとも胃袋を揺する。なんだか食欲が燃えるように湧いてくる。

驟雨に洗われた、草と水の匂いにする澄み切った大気

無対流の空気の重さ

空気はムンとして、果物でも腐ったような臭気がする

列車は二両編成で、全部で十五人ばかりの乗客が乗っていた。そしてその全員が無関心と倦怠という太い絆でしっかりと結びつけられていた。

春の晩のようなぬるい空気