（調律の基準音となるラの音）「透きとおった、水しぶきみたいな音でしたね」

（フェルトでできたピアノの）ハンマーがまるでキタコブシの蕾のように揃って

風琴は遠い郷愁を鳴らしている。

（ピアノの調律）最初はただの音だったのに、板鳥さんが調律し直した途端に、艶が出る。鮮やかに伸びる。ぽつん、ぽつん、と単発だった音が、走って、からまって、音色になる。ピアノって、こんな音を出すんだったっけ。葉っぱから木へ、木から森へ、山へ。今にも音色になって、音楽になっていく、その様子が目に見えるようだった。

聴いていないつもり、耳に入っていないつもりでも、思わず顔を上げる。和音人名のピアノはそういうピアノだ。ごく自然にたった一音弾いただけで、よろこびも悲しみも表現することができる。派手じゃなくて、静かで、でも粒子が細かいから胸にすっと沁みてくる。そこで消えずに、いつまでも胸に残る。そうして、胸の内側のどこかをコンコンとノックしてくるのだ。

岩に波のぶつかる音がきこえてきます。波の暗い太鼓のような音

音と音の余韻が連鎖して旋律になる

スパゲティーはゆであがる寸前で、僕はＦＭラジオにあわせてロッシーニの『泥棒かささぎ』の序曲を口笛で吹いていた。スパゲティーをゆであげるにはまず最適の音楽だった。

風は地面全体が震えて音を出しているように鳴っている

耳をもつんざく程、大きな雷鳴が轟（とどろ）いた