ヘビースモーカー独特の強い口臭が、生温かく十和子の頬にかぶさる。

火をつけると、この煙草特有の紙臭い臭いがたちこめ、それが炭火の臭気とまざって勝呂（すぐろ、人の名）の胸をムカムカとさせた

凍えた指の間の煙草の火が夕闇のなかで色づいて来た。その火の色は曠漠（こうばく）とした周囲のなかでいかにも孤独であった。

フィルターに口紅のついた細長いタバコが灰皿の中で燃えている

（喫煙ブース）二階にある休憩室。そこにあるブースで区切られた一角は、佃製作所内で唯一タバコが吸える場所になっている。

六面すべてが透明で、水槽のように見える箱

行李の中には出来上った更紗の煙草入が刺身のように並べて這入っていた。

弁当箱のように小さい行李の蓋

アスパラガスの絵のついた空の段ボール箱

固まった白いクリームのような形の椅子

煙突のようにつぎつぎに煙草を吹かし

短かい秋の日はようやく暮れて、巻煙草の死骸（しがい）が算を乱す火鉢のなかを見れば火はとくの昔に消えている。

（薬が効く）おれは、歯を喰いしばって詰所を後にし、病室のベッドにもぐり込んだ。怒りが血流の中を異常な早さで巡回していた。このままこの病院を逃げ出してやろうか、という考えが一瞬浮かんだ。　数十秒後に、血流の中のアドレナリンを追いかけるように、ジアゼパム（さっき投薬した抗不安剤）が流入し始めた。それは、とろりとしたチーズのように、ささくれだった脳細胞にからみつき、荒廃した体中の荒れ地をやさしくほじくり返しはじめた。やがて、氷結して節くれだっていた全身が溶けてほぐれ始め、綿のごとく疲れた肉体だけがベッドの上をたゆたっていた。全身が柔毛のマユに包まれる感覚があって、やがておれはとろとろとした眠りの海を漂い始めた。

日記は最初の数ページに申し訳ない程度書かれているだけで、日付はずっと以前のものばかり