どこからともなく蜜蜂の羽音が聞こえてくる。先生の部屋で聞いた羽音の名残りなのか、ただの耳鳴りなのか区別がつかない。しかしそれはどんなにか細く微かでも、それることなく真直ぐ鼓膜を突き抜けてゆく。
小川 洋子 / ドミトリイ「妊娠カレンダー (文春文庫)」に収録 ページ位置:81% 作品を確認(amazon)
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虫が飛ぶ・羽音
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......が赤の無地で斜め右上に緑の蔓草模様。正方形、長方形、二等辺三角形に直角三角形。どこまでもパッチワークは広がってゆく。静かな夜、一人きりで布切れをつなげていると、どこからともなく蜜蜂の羽音が聞こえてくる。先生の部屋で聞いた羽音の名残りなのか、ただの耳鳴りなのか区別がつかない。しかしそれはどんなにか細く微かでも、それることなく真直ぐ鼓膜を突き抜けてゆく。 羽音は雨に濡れた蜜蜂へ、次にチューリップ、しずくの流れる窓ガラス、天井のしみ、粉薬、そして先生の肋骨へつながってゆく。どうしても、スウェーデンにはたどり着けな......
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(小さい虫たちが飛び交う)昆虫。昆虫。初冬といっても彼らの活動は空に織るようである。
梶井基次郎 / 冬の蠅
(ハエが飛んでいるような羽音は、)ぷーんともずーむとも書き表せるような音だった。空の上から聞こえてくるようでもあったし、床下から響いてくるようでもあった。なにかが震えて動いている、そんな感じの音だった。
瀬名 秀明 / パラサイト・イヴ amazon
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漆のような真黒な羽のひらひらする、繊(ほそ)く青い、たしか河原蜻蛉(かわらとんぼ)とも言った
泉 鏡花 / 縷紅新草 amazon
レディバグ、レディビートル、てんとう虫は英語でそう呼ばれている。その、レディとは、マリア様のことだ、と聞いたことがあった。《…略…》マリア様の七つの悲しみを背負って飛んでいく。だから、てんとう虫は、レディビートルと呼ばれる。 七つの悲しみが具体的に何を指すのか、槿(人名)は知らない。が、あの小さな虫が、世の中の悲しみを黒い斑点に置き換え、鮮やかな赤の背中にそっと乗せ、葉や花の突端まで昇っていくのだ、と言われれば、そのような健気さを感じることはできた。てんとう虫はこれより上には行けない、というところまで行くと、覚悟を決めるためなのか、動きを止める。一呼吸を空けた後、赤い外殻をぱかりと開き、伸ばした翅を羽ばたかせ、飛ぶ。見ている者は、その黒い斑点ほどの小ささではあるが、自分の悲しみをその虫が持ち去ってくれた、と思うことができる。
伊坂 幸太郎 / マリアビートル amazon
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