古びてしまった錦絵のように、淡くくすんだ艶の失せた遠い記憶

僕にはその女を思いだすことができなかった。まるでキリコの絵の中の情景のように、女の影だけが路上を横切って長くのびていた。

記憶があやふや

（曖昧な記憶）見覚えのある顔だ。しかし何処であった誰なのかうまく思い出せない。

砂が両手からこぼれ落ちていくかのように、記憶が少しずつ失われる

少し遠くを見るような目をして思い出す

（いく度と回想されることになる運命の人との最初の出会い）この出会いの長い夜は、特別なものとして、この後、何度となく回想されることとなったからだった。 　最後に名残惜しく交わした眼差しが、殊に「繊細で、感じやすい」記憶として残った。それは、絶え間なく過去の下流へと向かう時の早瀬のただ中で、静かに孤独な光を放っていた。彼方には、海のように広がる忘却！　その手前で、二人は未来に傷つく度に、繰り返し、この夜の闇に抱かれながら、見つめ合うことになる。

彼女の言葉が、呪いのように耳にこびりついている

邦彦は目を閉じた。急ぎ足で一直線に歩き去って行く幇間の、小気味よく跳ねあがっていた足袋の白さが、青く冷たい 焔ほのお となって浮かんできた。

「きィよォしー、こォのよォるゥ……」 　鼻唄が尻すぼみになった。何であんなやつのことを思い出すのだろう。