中年の運転手は、まるで舳先（へさき）に立って不吉な潮目を読む老練な漁師のように、前方に途切れなく並んだ車の列を、ただ口を閉ざして見つめていた。

道路は自動車がひしめき合い、よたよたと行ったり来たりしている

新宿に向う道路はひどく渋滞していた。あるポイントを越えると、車は錨を下ろしたみたいに殆んど動かなくなってしまった。ときどき波に揺られて車が何センチか移動するといった感じだ。

赤のブレーキランプが列を作っている

かたつむりが這うように渋谷に向かう

東京ナンバーの車

鳥のように速く、岩のように頑丈な楠の刳り船

急な坂道で車の息も荒くなる

車は舌打ちするように激しくスタートして、走り去った。

勇しく疾（と）び駈ける馬に立ち騎（の）りでもしているように、しっかり、窓に向って両脚で突っ立って

帝都の空を蹂躙するＢ29

初詣と言っても、特にすることがあるわけではない。お賽銭を投げ入れ、お参りをし、おみくじを引き、枝に結んでしまえば、もう終わりだ。

（原子爆弾の）どかんという音がして、目の前の稲がさらさらと葉を震わせた

死人の異様な臭気が鼻をつく

葬式であんなに感動したことはない。《…略…》「ああ、本来これが葬式というものだったんだ」と私は思った。生前に何があったとしてもすべてを忘れて、その場を共有している全員が 悼んでいる、惜しんでいる、心から悲しみ、 冥福 を祈っている。美しすぎる。生まれて、生き抜いて死んでゆく人生というものがすばらしく見えすぎる。このたった数時間に死んだ人もその人に 関 った人々も、すべてがゆるされている。 　品のいい花輪、心のこもったお供え物。 荘厳 な 読経。ひとりひとりがこの場にいることを本当に大切にして一丸となっている。