「ずっと、好きだったみたいなんだ。」 　私は黙った。急に何もかもが近くに見えるように思えた。ビルも、手すりも、自分の手も。恋の視覚だ。

吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧（ちえ）も出なかった。それほどに無邪気な可憐な恋でありながら

彼女を見ているだけで、彼の胸は重く厳しく締めつけられた。ふたつの壁のあいだに挟まれて身動きがとれなくなった人のように、そのまま進むことも退くこともできない。肺の動きが不規則でぎこちなくなり、生ぬるい突風の中に置かれたみたいにひどく息苦しくなった。これまでに味わったことのない奇妙な心持ちだった。

（二人の女性に同時に恋心を抱くについて）天気のいい日に美しい湖にボートを浮かべて、空もきれいだし湖も美しいと言うのと同じでよくあること。

胸がきゅんと痛くなる

舌先が上あごの裏側を這い回り、舌ともつれ合い、舌の下側に入り込んでくる。

小鳥のような肉体の戯（たわむ）れ

男のコウフン状態なんて、政治家と同じようなものだ、駄目だと思ったらケロリとしている。

恋をしたかったのだ。それも最適な場所で、最適な男と恋をしたかったのだ。京都は久仁子の好みに合い、高志は久仁子の好みに合った。なにもかもできすぎの舞台装置だったと、今さらながらため息がもれる。　その時だ。久仁子は耳をすませた。遠いどこかで、芝居が終る拍子木が聞こえたような気がしたのだ。

結婚はそもそも欺瞞を孕（はら）んだ幻想