ＴＶを消して彼は出ていく。突然室内は静寂に包まれる。

（静かな果物屋）私たちのひとことひとことに、店中の黙り込んでいる果物たちが耳を傾けているような気がした。

その間わたしたちは一言も口をきかなかった。テレビの音だけが、静けさの底を漂っていた。

扉を閉めてしまった後には虫の声ひとつ聴こえない。完璧な沈黙が重い霧のように地表に淀んでいた。

ウェイトレスがトレイに載せたコーヒーセットを運ぶときに立てる音が、ただひとつの確かな音としてときおり耳に届いた。

（ピアニストの演奏）マルタ・アルゲリッチがリストの一番のコンチェルトを弾いたのです。わたしの大好きな曲です。指揮はジュゼッペ・シノーポリ。さすがにみごとな演奏でした。背筋が ぴんと伸びていて、視野の広い、流麗な音楽。でもわたしの好みからいうと、いささか立派すぎるかもしれない。わたしにとってはこの曲は、もう少し 胡散臭い、大がかりな村祭りみたいな演奏の方がぴたりとくるのです。むずかしいこと抜きで、とにかくわくわくする感じが好きなのです。

空の方からはいろいろな楽器の音がさまざまのいろの光のこなと一所（いっしょ）に微（かす）かに降ってくるのでした。

爽やかな衣擦れの音

やることがないので彼はケータイを開き、最近気にしているブラッククワイアの曲を初めてダウンロード、再生してみた。家具の少ない四畳間に、シャリシャリした音が響く。

声が投網のようにかぶさる