意思も感情も持たない目

しばらくそれを白日の不思議のように見上げていた。

生気に欠け、目に光がない

持主のない鏡のような佐喜枝のうつろな瞳

何を見るでもなく無気力に覆われ、精神障害に陥っているような目

昨日のシーンがぱっと頭に浮かぶ。

新婚時代の思い出が甘酸っぱく蘇ってくる

薄明の彼方にひとつの情景が見えてくる

乃武夫が、 「クジラオカ」 　と 呟いた。 　なにかを 反芻 するような、意味のこもったいい方に聞えた。

記憶の底から喚（よ）び起す。

彼の眼は森にすむ獣のそれのように底から燃えあがってくる精力を湛えている

目がらんらんと怪しげな光を帯びる

化粧した目尻はつりあがっていく

石のような憎しみが目にある

睦（むつ）のようなギョロリとした大きな目玉

（久しぶりに聞く幼なじみの）その声はしんとした夜更けによく響く鐘をうち鳴らしたみたいに僕の頭の片隅にこびりついていた潜在的記憶を一瞬にしてありありと蘇らせた。

どんなに頭を振っても離れてゆこうとはしない。

飛行機ががくん、と揺れてはっと目覚めたとき、突如、 「栄子」 　が飛び込んで来た。その匂い、画面、感触、すべての情報が私になだれ込んで来た。 　私はどぎまぎして、いても立ってもいられなくなり、頭がくらくらした。飛行機はすぐにもとの平和な飛行に戻ったが、私の心臓のどきどきはおさまらなかった。 　さっき飛び込んで来た栄子の目、髪、後ろ姿、声、断片として、総体として。そしてつぎつぎと飛び込んでくる二人の思い出。生々しく、鋭く残っていた。じっとしていられなくなって、意味もなくトイレに立った。 　銀色の個室で、息を整えた。 「シャイニング」の原作にこういうシーンがあった。主人公の少年が助けを求めて思念を飛ばすのだ。呼んだのか？　と思った。栄子の身に何かあったのだろうか？ 　そうしているうちにやがて、ショックがおさまってきた。

ミュウの小さな手のひらの感触が、まるで魂の影のように、ぼくの背中にいつまでも残っていた。

彫られて絶対に消えない記憶