(八寸玉、花火職人)二つに割ってみれば、ちょうど人間の脳を解剖 してみたと同じに、大脳や小脳や血漿 や細胞や、微妙な物体の機構がくるんであるのだった。誰がこれを生き物でないといえるだろうか。七は、膝にのせてみて、つくづくとそう思った。 この中には、おれの骨もけずり込まれている。血もはいっている、癇癪 すじも涙も詰まっている、いや恋さえはいっているんだ。――古屋敷の床下の土からとった物や死んだお千代後家の脂 までも。 ――無理やねえ、雨気をもった暗い晩、こんなのがあがるとひゅッと泣いて、青い火が降るとぞっとするようなことがあらあ。やっぱりこいつあ化物の類だろうよ。 七は、自分の作った八寸玉の、その重量にさえ、一種の気味わるさを感じるのだった。
吉川英治 / 銀河まつり ページ位置:69% 作品を確認(青空文庫)
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打ち上げ花火
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前後の文章を含んだ引用
......製作を終った。 八寸玉というとかなり大きな物である。玉の外殻はうすい雁皮紙 で一枚一枚貼 って、金属のようになるまで根仕事で固めたものである。中は、秘中の秘だった。二つに割ってみれば、ちょうど人間の脳を解剖 してみたと同じに、大脳や小脳や血漿 や細胞や、微妙な物体の機構がくるんであるのだった。誰がこれを生き物でないといえるだろうか。七は、膝にのせてみて、つくづくとそう思った。 この中には、おれの骨もけずり込まれている。血もはいっている、癇癪 すじも涙も詰まっている、いや恋さえはいっているんだ。――古屋敷の床下の土からとった物や死んだお千代後家の脂 までも。 ――無理やねえ、雨気をもった暗い晩、こんなのがあがるとひゅッと泣いて、青い火が降るとぞっとするようなことがあらあ。やっぱりこいつあ化物の類だろうよ。 七は、自分の作った八寸玉の、その重量にさえ、一種の気味わるさを感じるのだった。 彼にいわせると、花火は、生きてる化け物だという。あの怪奇な、あの蒼白い妖焔 の幻滅する間際に、自分の魂というものを考えると、知らない女とでも死にたくなるという。......
単語の意味
癇癪(かんしゃく)
類・類い(たぐい)
土(つち)
膝(ひざ)
千代・千世(ちよ)
癇癪・・・怒りっぽい性格。また、その怒り。
類・類い・・・同じ程度のもの。同じ種類のもの。同類。同種。比(比い)とも書く。
土・・・岩石と有機物が混じって細かい粉末状になったもの。有機物は、生物の死骸およびその腐敗物、微生物などから構成されている。砂(有機物が含まれない)とは違い、植物が育ちやすい。
膝・・・1.足の関節部で、腿(もも)と脛(すね)とを繋ぐところの前面。腿と脛の境の前面部。膝頭(ひざがしら)。
2.座ったときの、腿の上側にあたる部分。大腿部(だいたいぶ)。
2.座ったときの、腿の上側にあたる部分。大腿部(だいたいぶ)。
千代・千世・・・千年。非常に長い年月のたとえ。千歳(ちとせ・せんざい)。「代」も「世」も「ある期間」を意味する字。
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どウンと一つ音がして、あっと思や、消えっちまう
吉川英治 / 銀河まつり
吉川英治 / 銀河まつり
沿道から夜空を見上げる人達の顔は、赤や青や緑など様々な色に光ったので、彼等を照らす本体が気になり、二度目の爆音が鳴った時、思わず後ろを振り返ると、幻のように鮮やかな花火が夜空一面に咲いて、残滓を煌めかせながら時間をかけて消えた。自然に沸き起こった歓声が終るのを待たず、今度は巨大な柳のような花火が暗闇に垂れ、細かい無数の火花が捻じれながら夜を灯し海に落ちて行くと、一際大きな歓声が上がった。
又吉 直樹 / 火花 amazon
なんとすばらしい火の美だろう、恐い魔術だろう、瞬間の光焔の中には見上げたものの魂がみんな燃えてしまった。
吉川英治 / 銀河まつり
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昼の暑さがじょじょに、薄く透き通る青空に吸い込まれてゆく時刻だった。
吉本 ばなな「N・P (角川文庫)」に収録 amazon
夏目漱石 / 吾輩は猫である
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