（麦畑は）曇った空の下にビロードのように滑らかに美しく眺められた。

まるで花壇のような玩具（おもちゃ）じみた畑

実家は、遮る木立ちすらない広大な茶畑の中にある。緩やかな起伏の 涯 もなく続く、 豊饒 な台地だった。

家庭菜園程度の畑

狭い庭の先に紙捻（こよ）りを植えたような桑畑

畑には刷毛（はけ）の先でかすったように麦や小麦でほのかに青味を保っている。

小麦の穂にもびっしりと黴（かび）のような花が附いた。

そこらの畑には土が眼を開いたようにところどころぽつりぽつりと秋蕎麦の花が白く見えている。

穂首まで黄いろくなり、芒（のぎ）は金の針のように、今が丁度刈り時である。

熟した麦が香ばしい匂いを放つ

（沿線に街ができる）「町」が、まるで鉄道の結びコブのように出来る。

（朝霧の中）坂の真下には、 葦 の葉の茂った海が長い半島にかこまれて、乳色の湖のように遠くまでつづいている。

（山から見下ろした夜明けの風景）中の海のむこうから海へ突き出した連山の頂が色づくと、美保の関の白い燈台も陽を受け、はっきりと浮び出した。間もなく、中の海の 大根島 にも陽が当り、それが 赤あか 鱏えい を伏せたように平たく、大きく見えた。村々の電燈は消え、その代りに白い 烟 が所々に見え始めた。然し麓の村は未だ山の陰で、遠い所より 却って暗く、沈んでいた。謙作はふと、今見ている景色に、自分のいるこの大山がはっきりと影を映している事に気がついた。影の輪郭が中の海から陸へ上って来ると、米子の町が急に明るく見えだしたので初めて気付いたが、それは停止することなく、ちょうど 地じ 引網びきあみ のように 手繰たぐられて来た。地を 嘗なめて過ぎる雲の影にも似ていた。中国一の高山で、輪郭に張切った強い線を持つこの山の影を、そのまま、平地に眺められるのを 稀有 の事とし、それから謙作は或る感動を受けた。

椰子の林が、黒い花火を連発したような形で海を縁取っているデュフィ好みのマラッカの明るい風景

プロバンスの 豊饒 な自然の中に暮らしている

竹藪に囲まれたこの一劃だけは、厚いガラスで囲われたようにもの静かである。

青さが鮮やかで、まるで巨大な霧の粒のように咲く紫陽花

赤い血のような豆菊や、白い夢のようなコスモスや、紅と黄色の奇妙な内臓の形をした鶏頭（けいとう）が咲き乱れている

（白樺はよく燃える）白樺の皮へ火をつけると、ぬれたままカンテラの油煙のような真っ黒な煙を立ててボウボウ燃える

そこらの畑には土が眼を開いたようにところどころぽつりぽつりと秋蕎麦の花が白く見えている。