酸が増した胃液のように、苦い思いが意識に分泌される

幼年期に強烈な苦痛と恐怖の記憶を植えつけられて、いまだに克服できていない。

それは廃船についた牡蠣のように、彼の意識の壁にとんでもなく強固にへばりついていた。どれだけ振り落とそうとしても、洗い流そうとしても、はがすことはできなかった。

良人（おっと）の記憶をかみしめながら暮らした二ヶ月が、泥沼のように息苦しい

おぞましい記憶が蘇る

（認知症患者）自らの内側で徐々に広がっていく空白と共存することを余儀なくされている。今はまだ空白と記憶がせめぎあっている。しかしやがては空白が、本人がそれを望もうと望むまいと、残されている記憶を完全に呑み込んでしまうことだろう。それは時間の問題でしかない。

こうして車を飛ばした日のことや、この半年で会った人たちのことや、起こった出来事について断片的に思った。 　その断片は、記憶を無くした時の空間のようにこころもとない断片ではなく、やはり詩みたいに、美しいフレーズみたいにきら、きらと日本の緑と夏の海辺に舞うのだった。

記憶を歳月という風雪が埋めつくす

死ぬ瞬間に頭を飛び交う様々なシーン

関係が純然たる過去になって詩のように心に残る