硬い髪に白髪が混じりかけていて、年齢は五十前後だろう。何かの作業をしていたらしく、白衣は着ていなかった。グレーのスエットシャツに、お揃いのスエットパンツ、履き古したジョギング・シューズという格好で、体格も良く、療養所の医師というよりは、二部リーグからどうしても上がることのできない大学運動部のコーチのように見えた。

技工士の彼は、医者とは種類の違う丈の短い白衣を着て

患者をただの実験材料として扱うような浅はかな医者

女が白衣の胸にはさんだ一輪の花が、血のように滲んでいる。

（看護婦）死の灯影（ほかげ）の廻りを飛び交う蛾のごとし

船に乗りつけている人々はどんなに気取っても歩きつきで判るのである。畳の上ではそれほどでもないが、廊下のような板敷きへかかると船の傾きを踏み試めすような蛙股の癖が出て、踏み締め、踏み締め、身体の平定を衡（はか）って行くからである。

（元軍人）彼の身のこなしには、長年軍隊にいたものの身に自然にそなわってくる、あの放浪者型の無頓着さと疲労の跡とがあったが、それにもかかわらず、そこには、軍隊生活と戦闘の苦しみをきりぬけてきた人間が内にもっている強さが感じられた。

人間の悩みを原料として、いつかそれを見事に再生産なさる

白衣が煮しめたように色づいている。

（機関士）汽車は、ずっと警笛を鳴らし続けていた。 　ポッポヤはどんなときだって涙のかわりに笛を吹き、げんこのかわりに旗を振り、大声でわめくかわりに、喚呼の裏声を絞らなければならないのだった。