既に忘れかけていた腐臭のする記憶

幼年期に強烈な苦痛と恐怖の記憶を植えつけられて、いまだに克服できていない。

ささくれを撫でられたように、嫌な記憶が蘇ってくる

（嫌な考えが）悪戯して切った指の傷のように、なかなか痕が消えないで、妙な時に、フッと思い出すのだ。

声を聞いているうちに、自分がまたあの事務所の椅子に座らされ、苛立った男たちに取り囲まれているような錯覚に陥っていく。

入社してからの一年半の記憶を遡る。

今は亡き人であるだけに彼には益〻偶像化されて行く

ぞっとするような、自分の内側にある厭（いと）わしい記憶が群らがって来る。網 の一端を鉤にかけてしまうと全体がやがて水の中から上って来る時のように、つながって群らがって押しよせる。

カテリイヌを新吉が抱えたときのあの華やかな圧迫。触覚の上に烙（や）きつけられた昔の記憶が今、自分が手を置いて居る若い娘の潤（うるお）った肩の厚い肉感に生々しく呼び覚まされる

これまでの人生が短編映画のように流れる。