（直接見ていないけど）うなずく気配がした。

音もなく台所に入ってきたのを背中で感じて、私はソファー越しに振り向いた。

闇の中に氷のような殺気が走る

（人と接することが苦手な女の居留守）突然ドアチャイムが鳴る。瞬間、目の奥で何かがパリンと割れる気がする。まぶたを強く閉じてそのまま動かずにいる。強姦される女みたいに。神経をドアの外の気配に集中する。もう一度音が鳴り響く。コンクリートの上で苛々と足を踏みかえるような微かな音。それでもじっと息をひそめていると、やがて通路を歩き去るゴム底の靴音がして、隣のチャイムが同じように鳴らされる遠い音が聞こえる。とめていた息が漏れる。たぶん戸別訪問のセールスマンか何かだ。

物に憑かれたような殺気を感じられる動き

ぎゅうぎゅうに繃帯を巻いたので、すっぽり白頭巾を被ったような頭になった。巻き方が固くて、とくに縁のところが締まっている為、何だか首を上の方に引き上げられる様でもあり、又首だけが、ひとりでに高く登って行く様な気持もして、上ずった足取りで家に帰って来た。

歴史の匂いがする参道を、風が、大勢の人々のような気配とともに勢いよく吹いて行くだけだった。

（集団が去る）大森海岸あたりの、古下駄とか猫の死骸とかゴム製品とか、そんなような汚いものを一面に浮べた真黒な波が退くような感じで、二階の一団は稽古をすませて去って行った。

まぶしいやうな気がして顔をあげられませんでした。

〝Ｎ町の百科事典〟と呼ばれるほどにこの付近の諸事万端に通じている。

部屋の感じが今より少しでもよそよそしく感じられたら

中華街を歩いた。 　ものすごいにぎわいだった。道ゆく人の明るい顔が異国の祭りのようだった。

この田舎びた大きな家の中には、先祖の霊の歩きまわる足音が絶えず聞えてくるとでもいうような憂鬱な空気が重くとざしていた。

こんな伸々と自然のままな姿で生きていられる世界もある。

空気はどことなくピリピリしていて、ちょっと力を入れて蹴とばしさえすれば大抵のものはあっけなく崩れ去りそうに思えた。