天才が持つと称せられるあの青色をさえ帯びた乳白色の皮膚、それがやや浅黒くなって、目の縁 に憂いの雲をかけたような薄紫の暈 、霞 んで見えるだけにそっと刷 いた白粉 、きわ立って赤くいろどられた口びる、黒い焔 を上げて燃えるようなひとみ、後ろにさばいて束ねられた黒漆 の髪、大きなスペイン風 の玳瑁 の飾り櫛 、くっきりと白く細い喉 を攻めるようにきりっと重ね合わされた藤色 の襟 、胸のくぼみにちょっとのぞかせた、燃えるような緋 の帯上げのほかは、ぬれたかとばかりからだにそぐって底光りのする紫紺色の袷 、その下につつましく潜んで消えるほど薄い紫色の足袋 (こういう色足袋は葉子がくふうし出した新しい試みの一つだった)そういうものが互い互いに溶け合って、のどやかな朝の空気の中にぽっかりと、葉子という世にもまれなほど悽艶 な一つの存在を浮き出さしていた。
有島武郎 / 或る女(後編) ページ位置:53% 作品を確認(青空文庫)
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美人・美しい女
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前後の文章を含んだ引用
......まま両腕からすらりとたれるようにして、やや剣 を持った笑いを笑いながら倉地のほうに近寄って行った。倉地もさすがに、今さらその美しさに見惚 れるように葉子を見やった。天才が持つと称せられるあの青色をさえ帯びた乳白色の皮膚、それがやや浅黒くなって、目の縁 に憂いの雲をかけたような薄紫の暈 、霞 んで見えるだけにそっと刷 いた白粉 、きわ立って赤くいろどられた口びる、黒い焔 を上げて燃えるようなひとみ、後ろにさばいて束ねられた黒漆 の髪、大きなスペイン風 の玳瑁 の飾り櫛 、くっきりと白く細い喉 を攻めるようにきりっと重ね合わされた藤色 の襟 、胸のくぼみにちょっとのぞかせた、燃えるような緋 の帯上げのほかは、ぬれたかとばかりからだにそぐって底光りのする紫紺色の袷 、その下につつましく潜んで消えるほど薄い紫色の足袋 (こういう色足袋は葉子がくふうし出した新しい試みの一つだった)そういうものが互い互いに溶け合って、のどやかな朝の空気の中にぽっかりと、葉子という世にもまれなほど悽艶 な一つの存在を浮き出さしていた。その存在の中から黒い焔 を上げて燃えるような二つのひとみが生きて動いて倉地をじっと見やっていた。 倉地が物をいうか、身を動かすか、とにかく次の動作に移ろうとするそ......
単語の意味
刷く(はく)
藤色(ふじいろ)
憂い・愁い(うれい)
燃える(もえる)
底光り(そこびかり)
暈(かさ)
紫紺・紫根(しこん)
襟・衿・領(えり)
胸(むね)
白粉(おしろい)
玳瑁・瑇瑁(たいまい)
乳白色(にゅうはくしょく)
紫(むらさき)
刷く・・・ハケや筆でさっと塗る。
藤色・・・藤の花の色。藤の花に似た薄い紫色。
憂い・愁い・・・1.心を痛める。心配。(多くの場合、「憂い」を使用)
2.悲しみの気持ち。気が進まない。(多くの場合、「愁い」を使用)
2.悲しみの気持ち。気が進まない。(多くの場合、「愁い」を使用)
燃える・・・1.物に火がつく。燃焼する。
2.気持ちが高ぶる。熱中する。
2.気持ちが高ぶる。熱中する。
底光り・・・奥深いところにあって、目だって表面に出てこない光。またはそう光って見えること。うわべだけの輝きではなく、そのものが持つ本質的な光。
暈・・・1.光の輪。ときどき太陽を囲うようにできるドーナツ形の光。また、その現象。ハロ。
2.疲れたときに目の周りに出てくる黒いあざのようなもの。「暈」で「くま」とも読む。
2.疲れたときに目の周りに出てくる黒いあざのようなもの。「暈」で「くま」とも読む。
紫紺・紫根・・・紫がかった紺色(こんいろ[=濃い藍色])。暗い紫色。天皇即位の礼の幡(ばん)や、春の高校野球の優勝旗の色で用いられ、尊(とうと)ばれる色。名前の「紫根」は紫根染めに使う植物の根。
襟・衿・領・・・1.衣服の、首を取り囲む所につけられている部分。また、そこにつける縁どりの布。カラー(collar)。和服では、前で交わる細長い部分やそこにつける布を指す。
2.首の後ろの部分。首筋。うなじ。
3.掛け布団の、首に直接あたる部分にかける細い布。
2.首の後ろの部分。首筋。うなじ。
3.掛け布団の、首に直接あたる部分にかける細い布。
白粉・・・化粧品のひとつで、顔につけたり塗ったりする白い粉。また、それを練り合わせたもの。肌を色白に美しく見せる目的で使う。粉白粉・水白粉・練り白粉・紙白粉・固形白粉などがある。「しろい」は、「白い物」を意味する。
玳瑁・瑇瑁・・・ウミガメ科のカメ。体長は約1メートル、そのうち甲長約70センチメ-トル。甲羅はハート型で黄色く、黒い斑(まだら)のある鱗(うろこ)が重なる。甲羅は鼈甲(べっこう)として使用され、さまざまな装飾品に加工される。
乳白色・・・乳汁のように、わずかに黄色みのある白色。
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