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野呂と別れた後、ずっと、わたしの中には、切れ目のない特別な時間が流れていた。 それは、野呂を失った悲しみや怒り、信じられないほどの孤独感の中で、流れていくだけの時間だった。現実に流れていく時間とそれとは、まるで内容が異なっていた。 例えば、朝九時に起きて、三時間が過ぎていき、十二時になる。ああ、三時間たったのだな、と思う。その時、わたしが感じる「三時間」という時間は、現実に刻まれた時間とは決して一致しないのだ。 わたしにとってその三時間は、沈みこんだままの気分や、底なし沼にはまり、もがくことすら忘れてしまったかのような虚ろな気分……そういった気分に彩られたまま過ぎていったにすぎない三時間だった。そしてそれは、一時間だろうが六時間だろうが、あるいは二十四時間、三十六時間だろうが、同じなのだった。 過去ばかりがあって、未来も現在も空洞になってしまったような、そんな違和感に包まれた時間ばかりが、わたしの中を流れていた。
小池真理子「愛するということ (幻冬舎文庫)」に収録 ページ位置:86% 作品を確認(amazon)
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喪失感(大切なものを失う)
失恋・恋人と別れる
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前後の文章を含んだ引用
......た。 生まれてからこれまで数えきれない夜をすごし、そのうち、本当に素晴らしかった夜など、ひとつもなかったような気がした。 野呂とすごした、幾つかの夜を除いて。 野呂と別れた後、ずっと、わたしの中には、切れ目のない特別な時間が流れていた。 それは、野呂を失った悲しみや怒り、信じられないほどの孤独感の中で、流れていくだけの時間だった。現実に流れていく時間とそれとは、まるで内容が異なっていた。 例えば、朝九時に起きて、三時間が過ぎていき、十二時になる。ああ、三時間たったのだな、と思う。その時、わたしが感じる「三時間」という時間は、現実に刻まれた時間とは決して一致しないのだ。 わたしにとってその三時間は、沈みこんだままの気分や、底なし沼にはまり、もがくことすら忘れてしまったかのような虚ろな気分……そういった気分に彩られたまま過ぎていったにすぎない三時間だった。そしてそれは、一時間だろうが六時間だろうが、あるいは二十四時間、三十六時間だろうが、同じなのだった。 過去ばかりがあって、未来も現在も空洞になってしまったような、そんな違和感に包まれた時間ばかりが、わたしの中を流れていた。あれほど人生は美しい、と思っていたのに、人生は美しいどころか空疎だった。あれほど日常のひとこまひとこまが輝くばかりの意味をもっていたはずなのに、もう何の意味もな......
単語の意味
虚ろ・空ろ・洞ろ(うつろ)
虚ろ・空ろ・洞ろ・・・1.空洞(くうどう)。空っぽ。中身が何もないこと。
2.心が空っぽになり、生気がないさま。表情がボーっとして気持ちがないさま。
2.心が空っぽになり、生気がないさま。表情がボーっとして気持ちがないさま。
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喪失感(大切なものを失う)の表現・描写・類語(悲しみのカテゴリ)の一覧 ランダム5
(大切な人が消えてしまって)そこでぼくが感じたのはたとえようもなく深い 寂寥 だった。気がつくといつの間にか、ぼくを取り囲んだ世界からいくつかの色が永遠に失われてしまっていた。そのがらんとした感情の廃墟の、うらぶれた山頂から、自分の人生をはるか先まで見渡すことができた。それは子供の頃に空想科学小説の挿し絵で見た、無人の惑星の荒涼とした風景に似ていた。そこにはいかなる生命の気配もなかった。一日はおそろしく長く、大気の温度は暑すぎるか寒すぎるかどちらかだった。ぼくをそこまで運んできたはずの乗り物は、いつの間にか姿を消してしまっていた。もうほかのどこにも行けない。そこでなんとか、自分の力で生きのびていくしかないのだ。
村上春樹「スプートニクの恋人 (講談社文庫)」に収録 amazon
すみれの存在が失われてしまうと、ぼくの中にいろんなものが見あたらなくなっていることが判明した。まるで潮が引いたあとの海岸から、いくつかの事物が消えてなくなっているみたいに。そこに残されているのは、ぼくにとってもはや正当な意味をなさないいびつで空虚な世界だった。薄暗く冷たい世界だった。ぼくとすみれとのあいだに起こったようなことは、その新しい世界ではもう起こらないだろう。ぼくにはそれがわかった。
村上春樹「スプートニクの恋人 (講談社文庫)」に収録 amazon
人にはそれぞれ、あるとくべつな年代にしか手にすることのできないとくべつなものごとがある。それはささやかな炎のようなものだ。注意深く幸運な人はそれを大事に保ち、大きく育て、 松明 としてかざして生きていくことができる。でもひとたび失われてしまえば、その炎はもう永遠に取り戻せない。ぼくが失ったのはすみれだけではなかった。彼女といっしょに、ぼくはその貴重な炎までをも見失ってしまったのだ。
村上春樹「スプートニクの恋人 (講談社文庫)」に収録 amazon
(亡くなった)ダンナ様の好物だったから、悲しくて辛くて食べられない、嬉しそうに食べていた姿が目にちらついて食べられない。
石井 好子「東京の空の下オムレツのにおいは流れる (河出文庫)」に収録 amazon
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失恋・恋人と別れるの表現・描写・類語(恋愛のカテゴリ)の一覧 ランダム5
別れたいときは今夜来ないことで終わりにする。
吉本 ばなな / とかげ「とかげ (新潮文庫)」に収録 amazon
(恋の終わりの予感)2人はもう終わるかもしれない……と思った。やることがない。のびてゆく方向が閉ざされている。ガラスケースのなかの植物のように、助け合っていてもお互いがお互いに救いや解放感を感じさせない。 闇 の中で傷をなめあったり、老夫婦のように寄り添って暖をとったり。
吉本 ばなな / とかげ「とかげ (新潮文庫)」に収録 amazon
亜美ちゃんが大学生になり、彼が社会人になり、環境が変わったのが、別れる契機になった
綿矢 りさ / 亜美ちゃんは美人「かわいそうだね? (文春文庫)」に収録 amazon
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「悲しみ」カテゴリからランダム5
ポッカリと穴の開いたような感じ──そのうつろな感じがわたしを、すっかり打ち倒していました。
遠藤 周作「海と毒薬 (角川文庫)」に収録 amazon
「生と死」カテゴリからランダム5
「死」がついに、この老人を捕えた
芥川龍之介 / 偸盗
「恋愛」カテゴリからランダム5
父親は電話でもかけるように母親の生殖器に口をつけ
芥川 龍之介 / 河童 amazon
不安な恋情を複雑に搔き立てた。
平野 啓一郎「マチネの終わりに (文春文庫)」に収録 amazon
二人とも汗にまみれ、その汗を身体にぬりたくるように抱き合ってみたりした。
山田太一「飛ぶ夢をしばらく見ない」に収録 amazon
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