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出たとこ勝負の賭けに出る
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かつては──と僕は思った──僕も希望に燃えた まともな 人間だった。高校時代にはクラレンス・ダロウの伝記を読んで弁護士になろうと志した。成績も悪くなかった。高校三年のときには「いちばん大物になりそうな人」投票でクラスの二位になったこともある。そして比較的きちんとした大学の法学部にも入った。それがどこかで狂ってしまったのだ。  僕は台所のテーブルに頰杖をつき、それについて──いったいいつどこで僕の人生の指針が狂いはじめたかについて──少し考えてみた。でも僕にはわからなかった。とくに何か思いあたることがあったというわけではないのだ。政治運動で挫折したのでもないし、大学に失望したのでもないし、とくに女の子に入れこんだというのでもない。僕は僕としてごく普通に生きていたのだ。そして大学を卒業しようかという頃になって、僕はある日突然自分がかつての自分でなくなっていることに気づいたというわけだ。  きっとそのずれは最初のうちは目にも見えないような微小なものだったのだろう。しかし時が経過するに従ってそのずれはどんどん大きくなり、そしてやがてはそもそものあるべき姿が見えなくなってしまうような辺境に僕を運んできてしまったのだ。
村上春樹 / ねじまき鳥と火曜日の女たち「パン屋再襲撃 (文春文庫)」に収録 amazon
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