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記憶の比喩を使った文章の一覧(255件)
思い出せないのだ。僕の頭にはつぶつぶのような空白が生じている。
村上春樹 / 遠い太鼓 amazon
頭の中でカナンの声がした。割れたガラスの破片のような記憶が、頭の中でバラバラになりながら再生される。
428 ~封鎖された渋谷で~ amazon
私の中で何かが弾けた。ダムが決壊するように記憶の洪水が頭の中を駆け巡る。
428 ~封鎖された渋谷で~ amazon
頭の中に立ち込めていたモヤが晴れていく。記憶を失ってから止まっていた時間が再び動き始める。
428 ~封鎖された渋谷で~ amazon
何か本当の忘却というのではないが、池のおもてに張った薄氷のような忘却が、まず朝子の悲しみの記憶を覆った。この氷は稀に破れた。しかし一夜にしてまた同じ水面を覆い隠した。
三島由紀夫 / 真夏の死 amazon
あまりにもくっきりしているので、手をのばせばひとつひとつ指でなぞれそうな気がするくらいだ
村上春樹 / ノルウェイの森 amazon
最初は五秒あれば思い出せたのに、それが十秒になり三十秒になり一分になる。まるで夕暮の影のようにそれはどんどん長くなる。そしておそらくやがては夕闇の中に吸いこまれてしまう
村上春樹 / ノルウェイの森 amazon
まるで映画の抽象的なシーンのみたいにくりかえしくりかえし僕の頭に浮かんでくる
村上春樹 / ノルウェイの森 amazon
忌まわしいあの日の記憶が古井戸の底から這い上がってくるように甦ってくる
七尾与史 / 死亡フラグが立ちました! amazon
昨夜起こったことを順番にひとつひとつ思い出してみた。どれもガラス板を二、三枚あいだにはさんだみたいに奇妙によそよそしく非現実的に感じられたが
村上 春樹 / ノルウェイの森 上 amazon
細かな細部まで拡大鏡を通じたように明瞭に浮かび上がる
ウィリアム・アイリッシュ / 黒いカーテン amazon
カレンダーの数字のように誰の記憶にもはっきりしている
徳永 直 / 太陽のない街 amazon
姿が一枚の写真のようにはっきりと浮かんでくる
原田 宗典 / 十九、二十(はたち) amazon
彼女の最後の科白(せりふ)が頭の中でこだまみたいにわんわんと鳴りひびいている
村上 春樹 / ノルウェイの森 下 amazon
今まですっかり忘れていた小さな出来事が、昨日のことのように鮮明な絵で蘇る
連城 三紀彦 / 棚の隅 amazon
この数週間に起きた様々な出来事がエンドレステープのように頭を巡り、酔いに拍車をかける
原田 宗典 / 十九、二十(はたち) amazon
まるで遠くでゆらめく蜃気楼のようにつかみ所がない
七尾 与史 / 死亡フラグが立ちました! (宝島社文庫) amazon
脳裏に浮かんだ女性の顔が印画紙に焼き付いたように消えない
七尾 与史 / 死亡フラグが立ちました! (宝島社文庫) amazon
酸が増した胃液のように、苦い思いが意識に分泌される
野上 弥生子 / 真知子 (1966年) amazon
記憶が、灯火の消えるときのように、束の間生き生きと燃え上がる
川端 康成 / 掌の小説 amazon
良人(おっと)の記憶をかみしめながら暮らした二ヶ月が、泥沼のように息苦しい
石川 達三 / 花のない季節 amazon
不幸な思いが黒い石ころになって胸につかえる
壷井 栄 / 草の実 (1962年) amazon
有無を言わさず摘み取られてしまったような幼い日を手繰り寄せる
辻井 喬 / 暗夜遍歴 amazon
瞼の裏を、幼い日の姿が次から次へと行列をつくって通って行く
黒井 千次 / 群棲 amazon
胸に、男の顔が遠い稲光のように明滅する
光瀬 龍 / 百億の昼と千億の夜 amazon
残していった言葉がくるくると光の渦のように旋回する
山本 周五郎 / 髪かざり amazon
強烈な映画を見たあとのように、頭の中で場面場面のフラッシュがひらめく
飯田 栄彦 / 昔、そこに森があった amazon
思い出が絵巻物のように繰り拡げられる
梶井 基次郎 / 檸檬・冬の日―他九篇 (岩波文庫 amazon
回想と夢が、分かち難く交じり合いながら絵巻物のように繰りひろげられる
多岐川 恭 / 夢魔の寝床 amazon
頭の中にしまわれていた古風な華麗な絵巻が突如として躍り出る
円地 文子 / 朱(あけ)を奪うもの amazon
確実に記憶の棚に入っていてその棚がどこにあるのか分かっている。しかし引き出しが引っかかって開かない。出てきそうで出てこないもどかしさに頭の中身を引っかき回したくなる。
七尾 与史 / 死亡フラグが立ちました! (宝島社文庫) amazon
人の名をお経の文句を覚えるようにおぼえる
三島 由紀夫 / 潮騒 amazon
身体の奥に昨日の記憶の火照りが残る
黒井 千次 / 春の道標 amazon
記憶が目ぶたの裏に焼きつくように残っている
遠藤 周作 / 沈黙 amazon
心の襞(ひだ)の中に縫いこんでおく
瀬戸内 寂聴 / 愛すること―出家する前のわたし amazon
まぶたを閉じるとすぐ絵になるほど
中上 健次 / 枯木灘 amazon
頭の奥にしまわれていた古風な華麗な絵巻が突如として躍り出る
円地 文子 / 朱(あけ)を奪うもの amazon
フラッシュバックのように断片的に思い出す
大原 まり子 / イル&クラムジー物語 amazon
記憶の蔵からなつかしいものにハタキをかけて取り出してくるときの顔
荻野 アンナ / 背負い水 amazon
愛の女神が身体に泡を散らしているように、遠い日の暖かい空気が揺曳する
中村 真一郎 / 女たち amazon
思い出がよみがえってきて、湯気のようにしっとりと胸を温める
壷井 栄 / 大根の葉 (1960年) amazon
思い出が、快い音楽のように魂の中で鳴りひびく
福永 武彦 / 草の花 amazon
思い出が、透きとおった清らかな氷のかけらのように、胸の底に沈んでいる
石坂 洋次郎 / 丘は花ざかり amazon
思い出がナイフのように鋭く蘇る
遠藤 周作 / 何でもない話 amazon
結晶する塩分のように、純粋な成分ばかりがきらめく
三島 由紀夫 / 午後の曳航 amazon
刻下の労苦がどこかに押しやられ、濾過(ろか)された花のように思い出だけが浮かぶ
本庄 陸男 / 石狩川〈上〉 amazon
胸の中の小さな砂粒が真珠の粒になるように、年月は古い思い出を似ても似つかない美しいものに変えてしまう
大庭 みな子 / がらくた博物館 amazon
面影が、塩を焼く煙のようにゆらゆらと消えずに立つ
島尾 敏雄 / 出孤島記 amazon
なかなか剥がれない膏薬のように、面影が気持ちから剥がれない
連城 三紀彦 / 棚の隅 amazon
夢のように朧な、昔の追憶の篩(ふるい)
檀 一雄 / リツ子・その愛 amazon
津波のような思い出にあえぎ苦しむ
本庄 陸男 / 石狩川〈上〉 amazon
古い記憶が、障子に映って消える小鳥の影のように、心の窓を掠めて消えて行く
小沼 丹 / 小さな手袋 amazon
回想を影のごとく脳裡に引く
今 日出海 / 天皇の帽子 amazon
悲しかった日々が昔の博覧会の絵はがきのように浮んでくる
阿部 昭 / 千年・あの夏 amazon
過去の出来事が時間の裂け目に堕ち込んで消え去る
吉行 淳之介 / 砂の上の植物群 amazon
まっ黒な過去のドアがかすかにきしんで、最初の曙光が射しこんでくる
ウィリアム・アイリッシュ / 黒いカーテン amazon
掌から零(こぼ)れ出すほどの過去を一筋一筋と摘み上げては、歩いて来た道を憶(おも)い出す
高樹 のぶ子 / その細き道 (文春文庫 amazon
厭(いや)な言葉が瘡蓋(かさぶた)のようにこびりついて離れない
高井 有一 / 夜の蟻 amazon
口惜しい想い、嫉妬の記憶が、裾野に霞のかかった春の山の風景さながらに回想される
辻井 喬 / 暗夜遍歴 amazon
原野の風が千里を走るように
本庄 陸男 / 石狩川〈上〉 amazon
幼少年期の記憶が軀(からだ)の中を風のように通り抜ける
吉行 淳之介 / 砂の上の植物群 amazon
一句一句をハンマーで棒杭を打つようにたたき込む
徳永 直 / 太陽のない街 amazon
紙が水に浸みこむように、外からの知識がごく自然に頭の中に浸みこむ
永井 路子 / うたかたの amazon
砂が両手からこぼれ落ちていくかのように、記憶が少しずつ失われる
小池 真理子 / やさしい夜の殺意 amazon
記憶があぶり出しのように浸み出てくる
中村 真一郎 / 夜半楽 amazon
頭の奥の十五年も前の記憶が暑さのために溶けはじめて、だらしなく鼻汁のように流れ出て来る
中村 真一郎 / 夜半楽 amazon
多くの記憶が瓶の栓を抜いたように、快いテンポで流れ出て来る
中村 真一郎 / 夜半楽 amazon
虹色の光の糸を集め、記憶の薄絹を織る
大庭 みな子 / 三匹の蟹 amazon
二人だけの記憶の時間が、お互いの胸の底にきらめいて砂金のように沈んでいる
瀬戸内 寂聴 / 愛すること―出家する前のわたし amazon
真珠のように小さな記憶の粒
小川 洋子 / 余白の愛 amazon
記憶を歳月という風雪が埋めつくす
瀬戸内 寂聴 / 愛すること―出家する前のわたし amazon
日めくりをとばすように記憶を走らせる
高樹 のぶ子 / 光抱く友よ amazon
琥珀の中に閉じこめられた遠い記憶
森 瑤子 / 傷 amazon
古びてしまった錦絵のように、淡くくすんだ艶の失せた遠い記憶
石川 達三 / 花のない季節 amazon
幻灯のなかの光景のようにぼんやりした記憶
辻井 喬 / 暗夜遍歴 amazon
真っ白な新聞を見るように、昨日という一日が、きれいに記憶のなかからかき消える
原田 康子 / 遠い森(雀の学校) amazon
昨日が、琥珀の中に閉じこめられたハエのように、時の流れの中で結晶になる
レイモンド チャンドラー / 湖中の女 amazon
これまでの出来事が突風のように頭の中に吹き荒れる
光瀬 龍 / 百億の昼と千億の夜 amazon
教えてもらったアドバイスの一つ一つが、耳の奥で回るオルゴールみたいに、繰り返し登場する
谷村 志穂 / ハウス amazon
記憶の中から、光景が激しい光を浴びせられたように浮きあがってくる
中村 真一郎 / 女たち amazon
言葉が鼓膜の網の目を通り抜けられないまま、いつまでも耳の途中で淀んでいる
小川 洋子 / 余白の愛 amazon
言葉が耳朶(じだ)のうちに彫り付けられたように残っている
菊池 寛 / 菊池寛 amazon
二十日鼠がひがな一日小さな車を廻すように、一つの言葉が頭の中で音を立てて廻っている
向田 邦子 / 思い出トランプ amazon
ざわめきが、ぱたりと潮騒を聞かなくなった後の空虚のように耳もとに残る
島尾 敏雄 / 出孤島記 amazon
潮が満ちてくるように、子供のころに味わった不思議な感覚が躰(からだ)のどこか遠いところに生まれる
落合 恵子 / センチメンタル・シティ amazon
風景が時の襞(ひだ)に吸い込まれた風化する
島尾 敏雄 / 出孤島記 amazon
虹色の光の糸を集めて、記憶の薄絹を織る
大庭 みな子 / 三匹の蟹 amazon
記憶が深い沼の底から、しゃぼん玉のように頭をもたげて来る
島尾 敏雄 / 出孤島記 amazon
青春の日々が不知火のように浮かんでは揺れる
飯田 栄彦 / 昔、そこに森があった amazon
光景が、スイッチを入れたテレビ画面のように鮮やかに浮かんでくる
佐藤 愛子 / 窓は茜色 amazon
びっくりするほど鮮やかに、立体的に浮かび上がってきた。まるでそこにあったいくつかの美しい瞬間が、時間の正当な圧力に逆らって、水路をひたひたと着実に遡ってくるみたいに。
村上 春樹 / 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 amazon
過ぎ去った時間が鋭く尖った長い串となって、彼の心臓を刺し貫いた。無音の銀色の痛みがやってきて、背骨を凍てついた氷の柱に変えた。その痛みはいつまでも同じ強さでそこに留まっていた。彼は息を止め、目を堅く閉じてじっと痛みに耐えた。
村上 春樹 / 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 amazon
退屈や倦怠というものをまるで感じなかった。何故なら、僕が体験したその出来事は余りにも巨大であり、余りにも多くの断面を有していたからだ。巨大で、そしてリアルだった。手を触れられるくらいに。それはまるで夜の闇の中にそびえたつモニュメントのようだった。そしてそのモニュメントは僕ひとりのためにそびえていたのだ。
村上 春樹 / ダンス・ダンス・ダンス(上) amazon
その声はしんとした夜更けによく響く鐘をうち鳴らしたみたいに僕の頭の片隅にこびりついていた潜在的記憶を一瞬にしてありありと蘇らせた。
村上 春樹 / ダンス・ダンス・ダンス(上) amazon
現実がだんだん溶解して闇の中に溶けて吸い込まれていってしまうような気がした。いろんな物がその本来の形を失って混ざりあい、意味を失ってひとつのカオスとなる。@略@溶けてひとつの丸いカオスの球になっている。まるである種の天体みたいなかたちに。
村上 春樹 / ダンス・ダンス・ダンス(上) amazon
閉じていく(エレベーター)のドアはまるでカメラのシャッターだ。姿が視界から消えても、安藤の脳裏には女のポートレートが鮮明に残った。@略@全体像が克明に記憶されてしまった。彼女の肖像は、いつまでたってもぼやけそうにない。
鈴木 光司 / らせん amazon
幼時の記憶というものは、酔っぱらいのようにひどく断片的
高峰 秀子 / わたしの渡世日記〈上〉 amazon
さっきわかれたばかりの色の黒い男の影は彼の脳に濃いしみのように残っていた。
尾崎 士郎 / 人生劇場 青春篇 amazon
なつかしくも幻燈画のように、彼の脳裡を去来する。
武田 泰淳 / 風媒花 amazon
自分はまだ歩き方から物の云い方までが、人々と同化するところまではいっていない。水のなかの一滴の油だ。
島木 健作 / 生活の探求 (1950年) amazon
その十秒間ほどの情景が、鮮明に意識の壁に焼き付けられている。前もなく後ろもない。大きな洪水に見舞われた街の尖塔のように、その記憶はただひとつ孤立し、濁った水面に頭を突き出している。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 1 amazon
思い出せる人生の最初の情景は何歳のころのものですかと。多くの人にとって、それは四歳か五歳のときのものだった。早くても三歳だった。それより前という例はひとつもない。子供が自分のまわりにある情景を、ある程度論理性を有したものとして目撃し、認識できるようになるのは、少なくとも三歳になってかららしい。それより前の段階では、すべての情景は理解不能なカオスとして目に映る。世界はゆるい粥(かゆ)のようにどろどろとして骨格を持たず、捉えどころがない。それは脳内に記憶を形成することなく、窓の外を過ぎ去っていく。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 1 amazon
目にした情景をあるがまま網膜に焼き付けたのだろう。カメラが物体をただの光と影の混合物として、機械的にフィルムに記録するのと同じように。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 1 amazon
時間にして十秒ほどのその鮮明な映像は、前触れもなしにやってくる。予兆もなければ、猶予もない。ノックの音もない。@略@無音の津波のように圧倒的に押し寄せてくる。気がついたとき、それはもう彼の目の前に立ちはだかり、手足はすっかり痺れている。時間の流れがいったん止まる。まわりの空気が希薄になり、うまく呼吸ができなくなる。まわりの人々や事物が、すべて自分とは無縁のものと化してしまう。その液体の壁は彼の全身を呑み込んでいく。世界が暗く閉ざされていく感覚があるものの、意識が薄れるわけではない。レールのポイントが切り替えられるだけだ。意識は部分的にはむしろ鋭敏になる。恐怖はない。しかし目を開けていることはできない。まぶたは固く閉じられる。まわりの物音も遠のいていく。そしてそのお馴染みの映像が何度も意識のスクリーンに映し出される。身体のいたるところから汗がふきだしてくる。シャツの脇の下が湿っていくのがわかる。全身が細かく震え始める。鼓動が速く、大きくなる。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 1 amazon
あれはいつのことだっけ、と青豆(人名)は思った。しかし時間は記憶の中でからまりあい、もつれた糸のようになっている。まっすぐな軸が失われ、前後左右が乱れている。抽斗の位置が入れ替わっている。思い出せるはずのことがなぜか思い出せない。今は一九八四年四月だ。私が生まれたのは、そう一九五四年だ。そこまでは思い出せる。しかしそのような刻印された時間は、彼女の意識の中で急速にその実体を失っていく。年号をプリントされた白いカードが、強風の中で四方八方にばらばら散っていく光景が目に浮かぶ。彼女は走っていって、それを一枚でも多く拾い集めようとする。しかし風が強すぎる。失われていくカードの数も多すぎる。1954, 1984, 1645, 1881, 2006, 771, 2041……そんな年号が次々に吹き飛ばされていく。系統が失われ、知識が消滅し、思考の階段が足元で崩れ落ちていく。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 1 amazon
仮説的なへその緒で結びつけられている。彼の意識は記憶の羊水に浮かび、過去からのこだまを聞きとっている。@略@その情景の断片を野原の牛のようにきりなく反芻(はんすう)し、そこから大事な滋養を得ている。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 1 amazon
すっぽりと黒い布をかけ、私の目に触れないように、記憶に残らないようにしてしまっているのかもしれない。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 1 amazon
タクシーのラジオから流れてくるその音楽を耳にして、すぐに「これはヤナーチェックの『シンフォニエッタ』だ」とわかったのだろう。そしてどうしてその音楽が、私の身体に激しい個人的な揺さぶりのようなものを与えたのだろう。そう、それはとても個人的な種類の揺さぶりだった。まるで長いあいだ眠っていた潜在記憶が、何かのきっかけで思いも寄らぬ時に呼び覚まされたような、そんな感じだった。肩を掴まれて揺すられているような感触がそこにはあった。とすれば、私はこれまでの人生のどこかの地点で、その音楽と深く関わりを持ったのかもしれない。その音楽が流れてきて、スイッチが自動的にオンになって、私の中にある何かの記憶がむくむくと覚醒したのかもしれない。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 1 amazon
好奇心が強く、パワーショベルで土をすくうみたいに、多岐にわたる知識を片端から効率よく吸収していった。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 1 amazon
自分がどんな文脈で話をしようとしていたかを、一瞬見失ってしまうのだ。強い風が突然吹いて、演奏中の譜面を吹き飛ばしてしまうみたいに。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 1 amazon
それは廃船についた牡蠣のように、彼の意識の壁にとんでもなく強固にへばりついていた。どれだけ振り落とそうとしても、洗い流そうとしても、はがすことはできなかった。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 1 amazon
そのときの根元的な恐怖が、意識の印画紙に激しく焼きつけられてしまった
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 1 amazon
彼の心はことあるごとに、二十年前の午後の教室に引き戻された。まるで波打ち際に立って、強い退き波に足をさらわれている人のように。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 2 amazon
映画のハッピーエンドのように、その光景は静かにフェイドアウトしていく。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 2 amazon
自らの内側で徐々に広がっていく空白と共存することを余儀なくされている。今はまだ空白と記憶がせめぎあっている。しかしやがては空白が、本人がそれを望もうと望むまいと、残されている記憶を完全に呑み込んでしまうことだろう。それは時間の問題でしかない。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 2 amazon
目を閉じて、一瞬のあいだに長い歳月を振り返り、見渡した。高い丘に上り、切り立った断崖から眼下に海峡を見渡すみたいに。彼女は海の匂いを感じることができた。深い風の音を聞き取ることができた。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 2 amazon
頭の中で繰り返し復唱した。修行僧が山のてっぺんにある岩の上に座って、大事なマントラを唱えるみたいに。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 2 amazon
ひとつの年号が歴史的事実を思い起こさせるよう
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 2 amazon
彼の人生におけるひとつの転換点を再体験することでもあった。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 2 amazon
まるでカメラのように正確にそれらの像を網膜に焼きつけた。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 2 amazon
天吾は息を止め、こめかみに指を当てて記憶をより深いところまでのぞき込もうとした。その今にも切れてしまいそうな意識の細い糸をたどっていった。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 2 amazon
すべての情景と感触は薄い膜がかかったように漠然として、離れたところにある。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 3 amazon
深い泥の中に手をつっこむようにして、記憶の底をさぐった。その名前を耳にしたのはそれほど昔のことではない。@略@それから彼の手はようやく細いロープの端をつかむことができた。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 3 amazon
そこで出し抜けにすべての音声が途絶えた。誰かが背後にまわって、天吾の両耳にこっそりと栓を詰めたようだ。誰かがどこかで蓋をひとつ閉じ、もう一人が別のどこかで蓋をひとつ開けた。出口と入り口が入れ替わった。 気がついたとき、天吾は小学校の教室にいた。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 3 amazon
思い出せない。時間の流れが不均一になっていて、距離感が安定しない。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 3 amazon
牛河は記憶のアクセルを床まで踏み込み、頭脳をフルに回転させた。目を細め、雑巾を絞るように脳細胞を締め上げた。神経がきりきりと痛んだ。それから突然、その誰かが深田絵里子であることを知った。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 3 amazon
二十年間という歳月が天吾の中で一瞬のうちに溶解し、ひとつに混じり合って渦を巻いた。そのあいだに集積されたすべての風景、すべての言葉、すべての価値が集まって、彼の心で一本の太い柱となり、その中心をぐるぐると<傍点>ろくろ</傍点>のように回転した。天吾は言葉もなくその光景を見守った。ひとつの惑星の崩壊と再生を目撃している人のように。
村上 春樹 / 1Q84 BOOK 3 amazon
長原のことは意識の中にあった。けれどもそれは、記憶の沼の上にちゃぷちゃぷと湧く泡のようなものだ。眉を寄せて集中すれば泡は大きくなる。けれども思いをときはなってみれば、いつのまにか底の方へ沈んでしまう。その程度のものだ。
林 真理子 / 最終便に間に合えば amazon
記憶が、ともし火の消えるときのように、つかの間生き生きと燃え上がる。
川端 康成 / 掌の小説 amazon
自分の過去のつらい記憶を思い出さずにいられず、それはすっかり乾いたと思えるかさぶたを、そっと触り、さすがにそろそろ治ったかしら、とめくって確かめる感覚と似ていた。
伊坂 幸太郎 / アイネクライネナハトムジーク amazon
隠していたはずの記憶が、頭の中に溢れ出した。塞いでいた蓋を押しのけ、泥水のように、記憶が流れてくる。当時の自分の姿や、過ち、悔恨の思い、十年前の記憶がいっせいに現われた。
伊坂 幸太郎 / グラスホッパー amazon
「あれって北村、覚えてる? 半月くらい前の、ボウリング」押しボタン式の信号前で立ち止まった時に、東堂が口を開いた。 それを引き金に、僕の頭は、螺子を捻られたように回転をはじめ、記憶を過去へ過去へと逆回しにする。該当の場面を探り当てたところで、再生をする。「仙台ボウリング」という看板と、むくれた西嶋の顔が映る。
伊坂 幸太郎 / 砂漠 amazon
逃げられてしまうのか、と僕は呆然としながら、思った。そしてその時、理由は判然としないが、頭の中に、大学に入学してからの記憶が、一気に噴き出した。焦ったがために、誤って記憶の箱を引っくり返したのかもしれない。様々なシーンが立て続けに、勢い良く飛び出す。
伊坂 幸太郎 / 砂漠 amazon
記憶が眠る山を鶴嘴(つるはし)で必死に削り、中から重要な情報を掘り出そうと試みる。
伊坂 幸太郎 / マリアビートル amazon
記憶の天袋の戸が次々と開いていく。ぱたん、ぱたん、と開いては閉じる。そこから覗く過去の場面は、埃を被ってはいるものの、一定の生々しさを備えていて、子供の頃の体験とは思えないほどの臨場感があった。
伊坂 幸太郎 / マリアビートル amazon
ぱたん、ぱたん、と頭の戸が次々に開く。不用意に記憶を辿っていくとまずいぞ、と気づいた時には、すでに、開くべきではない戸も開いている。出てくるのは、「助けて」と縋るような目で懇願してくる少年の顔だ。
伊坂 幸太郎 / マリアビートル amazon
脈絡なく、過(よぎ)る。頭の中を、ふわりとそれらの記憶が浮遊した後で、ゆらりゆらり埃が舞いながら落ちるように、記憶の場面が沈む。
伊坂 幸太郎 / マリアビートル amazon
忘れていた記憶が、いまひらく花のような新鮮さでよみがえっていたのだ。
壺井 栄 / 二十四の瞳 amazon
初恋いの憶い出が、白い泡のように、ふつふつと胸によみがえって来るのを覚えた。
林 芙美子 / 女性神髄「林芙美子全集〈第6巻〉女性神髄・女の日記 (1952年)」に収録 amazon
しみのように網膜をはなれず
島尾 敏雄 / 死の棘 amazon
走馬燈のように、あらゆる思い出が脳裡を去来した。
火野葦平 / 麦と兵隊「土と兵隊 麦と兵隊」に収録 amazon
夕暮れの一ときが、いまでもくっきりと映画の一卜こまを見るように瞼のうちに浮ぶのである。
森田 たま / もめん随筆 amazon
私は糸紡ぎの媼(おうな)のように、しばらくだまって糸車の前に坐ろう。
森田 たま / もめん随筆〈続〉 amazon
昔のことを編むための美しい糸をたぐりよせるような遠い瞳
吉本 ばなな / 哀しい予感 amazon
思い出が、影絵のように加野の瞼に浮んだ。
林 芙美子 / 浮雲 amazon
思い出は、これすべて、只、記憶の海を航海しているようなものである。
林 芙美子 / 浮雲 amazon
「些細な」思い出が、まるで成長してあらわれた隠し児のように、私の眼前に異常に大きなものに育ってよみがえった。
三島 由紀夫 / 仮面の告白 amazon
苦い散薬が口の中へ散り残ったように、いつまでもいやなあと味がぬけないのである。
森田 たま / もめん随筆〈続〉 amazon
一度深い傷を負った心は、どこかにかさぶたに覆われたような弱い部分を残すのか、予期せぬ悲しみに襲われることが時おりあった。
藤沢 周平 / 三ノ丸広場下城どき「麦屋町昼下がり (文春文庫)」に収録 amazon
子供の時地中に埋めて久しく忘れ去っていた銀貨を、ふと思い出して掘りあてだようにうれしかった。
森田 たま / もめん随筆〈続〉 amazon
記憶はほぐれた繭のように、あとからあとからと、糸をひく。どこまでたぐればその繭がすっかり糸になってしまうのか
森田 たま / もめん随筆〈続〉 amazon
すると春風に吹かれたような心地がして何も腹の立つことがなくなり、自然に微笑が浮んでくるのであった。
森田 たま / 菜園随筆 amazon
さまざまの思ひ出の断片が吹雪のやうに激しく襲ひかかつて
丸谷 才一 / 横しぐれ amazon
思い出してさらさら肩をすべる粉雪の音色をきいているようにその頃がなつかしい。
森田 たま / もめん随筆 amazon
悪戯して切った指の傷のように、なかなか痕が消えないで、妙な時に、フッと思い出すのだ。
獅子 文六 / 胡椒息子 (1953年) amazon
わすれていた女のすがたが風のようにうかんできた
尾崎 士郎 / 人生劇場 青春篇 amazon
隆吉の姿がいまではぼやけてしまって、風船のように、虚空に飛んでしまっている。
林 芙美子 / 河沙魚「林芙美子傑作集 (1951年) (新潮文庫〈第201〉)」に収録 amazon
思い出は、毎年の落葉のようなものだけれども、落葉のように、早く腐蝕してゆくわけのものでもない。
林 芙美子 / うず潮 (1964年) amazon
誰の記憶にも、カレンダーの数字のように、ハッキリしていた。
徳永 直 / 太陽のない街 amazon
昔のことを精密機械のようにくわしく正確に記憶して
丹羽 文雄 / 顔 (1963年) amazon
ぞっとするような、自分の内側にある厭(いと)わしい記憶が群らがって来る。網
の一端を鉤にかけてしまうと全体がやがて水の中から上って来る時のように、つながって群らがって押しよせる。
伊藤 整 / 火の鳥 amazon
乱れたビデオの画面のように錯乱した記憶
日野 啓三 / 夢の島 amazon
私たちのあいだを横切り、そうしていつか忘れられてしまった。それはちょうど定山渓の奥から豊平川の水に乗って来た一枚のもみじ葉がしばらく淵にただようていて、やがてまたいつとはなしに流れ去ったようなものであった。
森田 たま / もめん随筆〈続〉 amazon
その時々のありさまが、写真にとって残しておいたようにこまごまと思い出されてくる
森田 たま / もめん随筆 amazon
古い滓(おり)が水面へ浮んで来たように思い出されて来た。
徳田 秋声 / 縮図 amazon
別に忘れてはいなかった。でも思い出せなかった。心が漬物石のように蓋をして、彼女との記憶を閉じ込めようとしていたのだろう。 人は何かを覚えるために忘れる、と聞いたことがある。忘却は前進のためにあると。
川村 元気 / 世界から猫が消えたなら amazon
自分の記憶の中に、答えが隠れているような気がしてならなかった。だから、目を閉じて、それを探ることにした。記憶が海だとすれば、その底の底に落ちている「答え」をつかむために、息を止めて、潜りに行く。記憶の中を潜っていく感覚だ。瞼を閉じて、呼吸を整える。そうしてから、一気に潜る。
伊坂 幸太郎 / オーデュボンの祈り amazon
老犬は厳しい躾でも受けていたのか、豊田から離れることもなかった。若い頃に軍隊で訓練を受けた老人が、記憶力は落ちても行進の作法を忘れないのと似ているのかもしれない。
伊坂 幸太郎 / ラッシュライフ amazon
思い出は口から出て外気にふれたとたん変質してしまう。真空状態にとじこめてなんとか色を保っていたバラの花びらを外に出したときのように、みるみる茶色にしおれてしまう。箱つきならもっと高く売れたのに包装を解いて自分の手で触れてしまえば、たとえそれが一度きりでも大幅に値段の下がる年代物のおもちゃにも似ていた。
綿矢 りさ / 勝手にふるえてろ amazon
母の言葉が油みたいに膜になってうすく私の全身に広がっていく。
綿矢 りさ / 勝手にふるえてろ amazon
心の奥底に葛籠を抱いていた。その中には自分を破滅させる穢れが詰まっていると思い込んでいた。長い歳月、怯えて生きてきた。必死で葛籠を隠し、蓋を押さえつけてきた。だが、いざ開いてみれば、中に詰まっていたのは哀しみだけだった。
横山 秀夫「クライマーズ・ハイ (文春文庫)」に収録 amazon
成績表にずらりとAを並べた女子学生がよくやる笑い方だったが、それは奇妙に長い間僕の心に残った。まるで「不思議の国のアリス」に出てくるチェシャ猫のように、彼女が消えた後もその笑いだけが残っていた。
村上 春樹「1973年のピンボール (講談社文庫)」に収録 amazon
ピンボールの響きはまだ幾らか耳に残ってはいたが、冬の陽だまりに落ちた蜂の羽音のようなその狂おしい唸りはもう消え去っていた。
村上 春樹「1973年のピンボール (講談社文庫)」に収録 amazon
ついさっきまで洗いながら考えていたことが、シャボンの泡が音もなく割れたみたいに、どうしても思い出せなくなる。
綿矢 りさ「しょうがの味は熱い (文春文庫)」に収録 amazon
奈世がまっすぐ僕の顔をあおぎ見て微笑んでいた姿はまだもちろん僕の頭に残っていていつでも思い出せたのだけれど、それはもう消滅してしまった星の光が、何億年もかけていま地球に届いているのと同じ、タイムラグの起こした錯覚だった。
綿矢 りさ / 自然に、とてもスムーズに「しょうがの味は熱い (文春文庫)」に収録 amazon
それは『マッチ売りの少女』がマッチに火を灯す音のように、ボクの記憶の底に残る思い出に火を灯し、埋み火のように燻っていたポール師匠との思い出を一瞬にして鮮明に燃え上がらせた。
水道橋博士「藝人春秋 (文春文庫)」に収録 amazon
関係が純然たる過去になって詩のように心に残る
志賀直哉 / 濁った頭「志賀直哉小説選〈1〉」に収録 amazon
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