夕闇の中に林檎の香りが濃密に漂っている

風味が細やか

鼻先に美味しそうな匂いをプンプンさせる

（お茶屋からの香り）そのときの気分しだいで、立ち停まって改めて吸い込んでみたくなるような芳香であったり、我知らず足を速めて立ち去ろうとさせる寂しい匂いの塊りであったりしたが、いまの邦彦にはどちらでもない、霧散も発揮も沈黙もせず、ただひたすらその一線にゆらめているぶ厚い匂いの扉に思えるのだ。

刻み始めると、その瞬間、広い、天井の高いレストランはパッとトリュフの香りでいっぱいになる

したたるような新緑の香り

むわっと漂うほやの香り

臭気に、人を気絶させるだけの悪霊が踊る

そのとき、線香の匂いを鼻先に感じて、重藤は振り返った。 　冷たく乾いた風が、《辰川家》の墓前の線香の煙を揺らしたのだった。

堪（た）え難い悪臭に包まれて、殆ど窒息しそうな思いをしながら